前任者

「……」


 司令官ベルニエール・ボトムの個室で男たちは、カーバンクルが記録したレイの魔王軍との戦闘の様子を一通り見届け、それぞれに思いを胸に宿した。


「なるほどな。先程の激しい揺れと轟音は敵機動兵器が破壊されたものだったか」


「信じられん威力だ。マージの火力をものともしなかった化け物だというのに」


「だからって、こんな使う度に命を削るような武器、人道的に問題ですよ」


 彼らの目の前に浮かぶ盾、カーバンクルがレイに託した武器エースライザーについては意見が割れた。

 状況に合わせて形状を変化させることにより最大効果を発揮する利便性と汎用性、何よりもとんでもない火力を有する万能武器。しかし能力の代価は使用者の体力に依存し、下手に使えば自滅しかねない危険性もはらんでいる。

 タフガイの巣窟とされる第四中隊の中で、隊長のエルリックに次いで体力自慢のレイがこの有様だ。有用性と共に見過ごせない危険が同居することをランス軍の若い将校は憂いた。


「ごめんよ、ブリック。実は調整が前任者のままだったんだ。本当ならレイに合わせて能力を最適化させるべきだったんだけど……」


 両翼を広げながら弁明するカーバンクルだったが、ブリックの憤慨は止まらない。それで大事な仲間が倒れてしまったのだ。


「だいたい、何で彼女なんだ。自分にだって、これくらい……」


 エースライザーの盾、その内側に装着されている剣を引き抜いてやろうと柄を握るブリックだったが、剣はびくともしなかった。ふんぬ、と顔を赤くして歯を食いしばり、渾身の力を込めて挑戦したが、ぶはっと力尽きて床に突っ伏した。


「そ、そもそも、前任者って誰のことだ。あのレイが昏倒するような調整で……、一体、誰が使っていたというんだ」


「ジャンヌだ」 カーバンクルに代わり、エルリックが答えた。「ランスの皇帝だった、ジャンヌ・ヴァルトだよ」


「なんですって……? 確かに剣と盾を持って馬に乗る皇帝の姿は現在も絵画などに多く残っていますけど、あれが、これだっていうのですか?」


 実際に彼らの目の前にふよふよと浮かんでいるアイロン型の盾を指さしてブリックが言った。盾はどこか胸を張っているように見えなくもない。


「そうだ」 腕を組んで黒人の隊長は返した。「もっとも、人間同士の戦争にジャンヌはこれを使おうとはしなかったがな」


「それが、そもそも間違いだったのだ!」


 ボトムが突然、声を荒げた。エルリックはそれで動じることはなかったが、若いブリックはびっくりして跳ね上がった。「し、司令、どうなさいましたか」


「私は再三、ジャンヌにこの素晴らしい力をもっと戦争に用いるべきだと進言してきたのだ。おまえも見ただろう、敵の巨大兵器を一撃で破壊するこの威力を! この大いなる力を誇示すれば、我が国があれほど多くの侵略を受けることはなかった。ここまで西方社会オクシデントが荒廃することもなかったのだ!」


 ランスで革命が勃発し、市民が王侯貴族を追放する様を目の当たりにした周辺国の権力者は、自国の民がランスに倣って自分達に反逆することを最も恐れた。そこでランスの民主化に待ったをかけるべく、各国はお互いに結託して一斉に兵力を以て襲い掛かった。これを対ランス合従連衡といい、この合従軍による攻撃は合計して六度も行われた。

 結果的にランス軍はすべての戦いで勝利を収めたものの、一時は首都ルティも占領されるほど敵軍に追い込まれ、甚大な被害を被った。

 この戦争における犠牲者の数は、旧世界における魔王軍との戦いをはるかに上回ったとされる。


「またその話か、ベルニエール。かつてジャンヌも言っていただろう。カーバンクルの力は魔王軍に対してのみ、力の行使を許されているのだ。元より人間同士の戦争に用いるのはお門違いだ」


「誰の許可だ、エルリック。最高権力者である皇帝が兵器を用いるのに、一体誰の許可を得る必要があるというのだ」


「神に決まっているだろう。正義の女神カノンだ」


いくさ女神の顕現した姿が我らの皇帝、ジャンヌ・ヴァルトではないか。一言、命令すればよかったのだ。敵を滅ぼせ、とな」


 上官同士の言い争いを、肝を冷やして見ているブリックだ。そんな若者に気を使ってか、話題となっているカーバンクルが彼の肩にちょこんと止まった。「あの二人、昔から仲が悪いところがあるんだよ。ジャンヌも苦笑いしていた」


「え、カーバンクルって……」


「ならば何故!」


 疑問に思うブリックだったが、エルリックが珍しく感情的な大声を上げたのでたまらず押し黙った。


「なぜ、もっと早くジャンヌの遺言通りレイにカーバンクルを託さなかった。レイが今こうなったのは明らかな訓練不足だ。力の使い方に習熟させていれば、マージは魔王軍の手に堕ちずに済んだ」


「この私に、アルジュリオの手助けをしろだと? 私のすべてを知ったうえでジャンヌは、いずれ成長したスペンサー伯ルイの孫がカーバンクルの新たな主として現れるから、それまでマージを死守しろ、と命じおったのだ。とんだ侮辱だ。我ら貴族の誇りも、名誉も残さず売り払った男の末裔などに」


 ベルニエール・ボトムは男爵家に生まれ、家督を継いだ十八歳の時に民主革命が起こった。特権階級の素晴らしさに心酔していた彼は徹底して市民を見下していたため、革命後は彼らから目の敵にされて国外へ出奔せざるを得なかった。そんな彼にとって、同じ貴族でありながら絶対王政の世を変えたスペンサー伯ルイは不倶戴天の仇敵であった。言わずもがな、その家族も同罪である。


「貴様、その下らぬ虚栄心で何人の部下が死んだと思っている!」


「もうよい」


 ついには取っ組み合いでも始めるのではないかと思うほど、ボトムとエルリックは感情が高まっていた。それを自覚したのか、ボトムは乱れた襟を正して一息を付いた。「用件は済んだ。私の部屋から立ち去れ」


 つい数秒前までの悪態が嘘のように消えて、今は間違いなくマージ司令官の佇まいである。


「い、いや、あの……」


 言いかけたブリックを制するように、大声で「気を付け」の号令がかかった。若い将官は脊髄反射で姿勢を正した。


「アルジュリオ士長のことはお任せしました。私達はこれで失礼致します」


 ふん、と鼻を鳴らすボトムに背を向け、すたすたと退室するエルリックの後を慌てて追うブリックである。カーバンクルも飛びあがり、今度はエルリックの肩に止まった。それを見てブリックが口を開いた。


「君は残った方がよかったんじゃないの」


「何かは知らないけれど、あの部屋からはイヤな気配を感じたんだ」


「もしかして、さっきのボトム司令の態度かい?」 ブリックは我慢していた言葉が口を付いた。「部隊の中で噂にはなっていたけど、やっぱりあの人って亡命貴エミグ……」


「おしゃべりはその辺にしておけ。もうすぐ医務室だ」


 言われてブリックは殴打された頬が急に痛み出すのを感じた。自分が怪我を負っていることをすっかり忘れていた。


「レ、レイは大丈夫でしょうか」


「安心して、ブリック。何かあったらエースライザーがレイを守るから」


 なるほど、そういえばあの不思議な盾は司令官の部屋に浮かんだままだ。いろいろと聞きたいことが未消化のままだったが、それは医務室でゆっくり聞けばいいかとブリックは自分を納得させた。

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