乱闘騒ぎ

 ちょぼちょぼと床を歩く不思議な造形をした鳥の姿にランス軍の兵士たちは奇異な視線を向けた。


 彼らがいる場所はマージ城砦の地下に設置され、現在はヴァイダムの手によって捕虜収容場所となっている隊員居住区である。戦闘で降伏した後、彼らは武装を解除させられ、またタブレットなどの通信機器も没収され、軟禁状態でここに放り込まれていたのだ。


 居住区には所々に見張り役のヴァイクロン兵が配置されており、彼らは収容している人間たちの動向には厳しく咎める姿勢を見せたが、不思議な鳥に関しては全く関心を寄せず、目の前を通っていても何の反応を示さなかった。

 そのためランス兵らがこの鳥は魔王軍の何かではないかと疑ったのは当然で、誰も近づこうとはしなかった。


 鳥はテーブルを囲んで座っている第四中隊の徽章を付けた隊員を見つけると、いきなり卓上にぴょこんと飛び乗って彼らを驚かせた。


「ねえ、エルリック隊長はどこ?」


 不思議な鳥にいきなりそんな質問をされて彼らは唖然とした。襟にランス軍三尉の階級章を付け、焦げ茶色の髪をした年若い将校が鳥の質問に答えた。


「中隊長ならば向こうにいるが、君は何者だ。エリクソン三佐に何の用か」


「ボクはカーバンクル。安心して、ボクは魔王軍じゃないよ。キミ達はレイの仲間だね」


 鳥が意外なことを口走るので、卓を囲んでいた四中隊の隊員達は顔を見合わせた。同じ男が答えた。


「自分はブリック・ブラット・フューリー三尉だ。仲間も何も、自分とレイは士官学校の同期だよ。彼女は無事なのかい、カーバンクル!」


 額の宝石を輝かせると、空中に映像がブリックと、一緒にテーブルを囲んでいた隊員達の前に映し出された。そこには狭い空間に押し込まれ、窮屈そうにして眠っているレイの姿があった。その不可思議な光景を見た彼らは口々にカーバンクルへ説明を求めたが、ざわついているのをヴァイクロン兵に見咎められてしまった。

 敵兵が近寄って来るのを、身を固くして待ち構えていたフューリー達だったが、それはテーブルの上にいるカーバンクルを気に止めることもなく、異常がないと判断したのか踵を返して元いた場所まで引き返していった。


「……?」


「大丈夫、魔法の効果でボクは魔王軍の兵士からは見られないようにしてあるんだ」


 人間が親指を立てて表現する「良し」の仕草を、器用に羽先を使ってやってのけるカーバンクルである。ブリックを含むその場にいた隊員たちは感心して不思議な鳥を眺めた。

 だが、すぐに状況を思い起こして彼に問いかけた。


「それで、レイは」


「戦闘で受けたダメージが深刻で、すぐに治療が必要なんだ。エルリックなら施設を使う許可をもらえるでしょ」


 カーバンクルはルシファリアの追跡をかわしながらここまでやって来る間に、逆に彼らの情報を可能な限りハッキングして引き出していた。レイを救うためにはマージの医療装置を使う必要があったが、そこは居住区内に設置されてあり、ヴァイクロン兵によって厳しく管理されていた。

 装置を使うためには中隊長クラスの人間が魔王軍に許可を申請して許諾を取り付けなければならなかった。


「しかし、君の話だとレイは魔王軍に追われているのだろう。到底、許諾なんてされないと思うけど……」


 そういうことならいい考えがある、と言って立ち上がったのは卓を囲んでいた隊員の一人で、一曹の階級章を付けた体の大きな男がやおらブリックの胸倉を掴んで引き上げた。


「ちょ、ちょっとタニー一曹……?」


 驚くランス軍の若き将校であったが、タニーと呼ばれた男は有無も言わさずにブリックの顔面を殴り飛ばした。

 派手に倒れ込んだ彼へさらに近づいて殴ろうとするのを、同じ卓にいた仲間たちは止めようとしたが、タニーはお構いなしだった。しまいには止めに入ったはずの隊員同士がブリックを巻き込んで殴り合いを始め、周囲は大変な喧騒に包まれた。

 当然ながらヴァイクロン兵が警笛を鳴らしながら争いを仲裁するのだが、血気盛んなランス軍兵士(特に四中隊員)の暴動を抑えられない。


「何をやっておるか!」


 ついには武装したヴァイクロン兵が突入する寸前までいったところで、この騒ぎを一喝して止めた人物が現れた。第四中隊の長であるエルリック・エリクソンである。彼の姿を見るや、隊員たちは即座に争いを止め、すっとその場で姿勢を正した。だが、ぼこすかと殴られていたブリックは起き上がれず床の上で呻いたままだった。

 エルリックはすぐに若い部下を抱え起こし、具合を見た。


「……いいか、貴官ら。今は我慢の時だと言ったはずだ。存分に働いてもらう時は必ず来る。それまでは自重して、無駄な体力を使うな」


 エルリックは隊員達からの敬礼に返礼すると、次におろおろとしているヴァイクロン兵に向かって怒鳴った。「見ての通り重傷だ。今すぐに医務室に連れていく。さっさと許可証を出さんか!」


 ウィン、ウィンと悩んでいそうな機械音がヴァイクロン兵からしたが、渋々腰に下げていた物入れから許可証を取り出し、サインをした。それを奪い取るようにして自分の懐に入れると、エルリックはブリックに肩を貸して起こした。


「あと、誰のか知らんがそこに置いてある鳥の玩具も没収だ。こちらによこせ」


 部下の一人がテーブルの上にちょこんと座っていたカーバンクルを持ち上げ、それをエルリックの肩に乗っけた。なおもブリックを運ぶのを手伝おうとする部下を制し、エルリックは一人で怪我人を抱えて医務室へ向かった。


 騒ぎのあった場所から離れ、医務室への通路に誰もいないことを確認したエルリックは肩を貸していたブリックをぞんざいに突き放した。うわっと姿勢を崩しそうになる若い士官だが、何とか持ち直し、照れ笑いをしながら上官に並んで歩調を合わせた。


「バレてましたか。さすがは中隊長。しかし首尾良く医務室の許可証を手に入れることができました」


「いきなり殴り合いが始まったから、ボクもびっくりしたよ」


「最初の一撃以外はすべて寸止めだな。こんな見えすいた手を使ってまで医務室のベッドが使いたいのかと思ったが、なるほど、カーバンクルこいつが一緒ならば話は別だ」


「ややっ、中隊長はこの者を知っていたのですか」


「ああ。ジャンヌの命令で、俺がこいつをマージに封印したんだ。来るべき日に後継者に引き継ぐためにな」


「それが、レイだというのですか」


「話の続きは治療が終わった後でだ」


◆◆◆◆


 医務室前に陣取るヴァイクロン兵に許可証を差し出すと、彼らは素直に扉を解錠した。ブリックは内心ほくそ笑む。


 ――しめしめうまくいったぞ!


「おやおや」


 中に入るとすぐに銀面の男と目が合った。一転してブリックの顔は蒼白となり、カーバンクルは翼を上向きに開いて固まった。


「ふうむ……」 銀面軍師ことランボルグは改めてブリックを眺めまわして言った。「重傷患者が運ばれて来ると報告を受けていましたが……、思いのほか元気な様子で安心しました」

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