シェランドンの苦労

 シェランドンは苛立っていた。元マージ守備隊の幹部で城砦の内部に詳しいことを買われ、行方をくらませた鳥形機罡獣と女兵士の捜索を任されたのはいいのだが、一向にはかどらないからだ。ヴェロニックが開発した機罡獣特有のエネルギーを検知するという術式を使ってルシファリアがあちこち場所を指定してくるのだが、これが全く役に立たないのである。

 指示された場所へ到着したことを部下として連れていたヴァイクロン兵から告げられると「またか」とシェランドンは吐き捨てたが、調べないわけにもいかないのでヴァイクロン兵に様子を探らせた。

 そこはマージにいくつかある弾薬庫の一つであった。シェランドンは嫌な予感がしたが、ヴァイクロン兵たちは躊躇なく中を物色し始めた。


「おい、ここは歩兵用の弾薬、特に作業用の火薬が多く設置されている場所だ。火器は厳禁だぞ。おい、聞いているか」


 シェランドンは魔星・冥雷星の力を引き出したヴァイダムの戦士ではあるが、経験が浅く、まだ自分でヴァイクロン兵を作り出す能力が備わっていない。ヴァイクロン兵の使役術はより魔星の力を高めれば彼にも習得でき、生成された兵士を手足のように操れるようになるだろう。

 しかしそれができない今は仕方なく、グビラードで運搬してきた重装歩兵型のヴァイクロンを配下に引き連れていたが、この連中と来た日には融通というものが効かない。

 それをやったらそうなる、という思考が抜けている。


 ヴァイクロン兵たちはあからさまに人が一人隠れられるほどの木箱を見つけ、まさにこの中で間違いないと小銃を構えて取り囲んだ。箱の側面には火器厳禁という文字が大きく書かれてあったが、お構いなく、彼らは一斉に小銃をぶっ放した。


 ボンッ!


 またこの展開である。もう、何度目かなど覚えてもいない。ヴァイクロン兵共の実に軽妙な寸劇を大声で怒鳴ることにも疲れた。腕を組み、部屋の外で壁に背をもたれて様子を見守っていたが、いつまで同じことを繰り返せばこいつらは状況を学習するのだろうか。

 だが、責任者として一応、現場を確認する必要だけはあった。


 爆発に当たってひっくり返っているヴァイクロン兵を蹴飛ばしながら、シェランドンが見ると、案の定そこには「ハズレノン」と書かれた紙を貼りつけた鳥の人形が置かれていた。

 こめかみに浮かんだ血管がぴくぴくと震え、ぎりりと歯ぎしりはしたが、かろうじてこの人を小馬鹿にした鳥人形に拳を叩き込んでやろうという衝動は抑え込んだ。最初にこのハズレ鳥人形が置かれているのを見た時は激昂し、感情のまま殴りつけたらパァンと破裂して心底驚かされていたからだ。


 そんなやりとりが幾度となく繰り返された。


 まったく小癪な機罡獣は、あえて自分の存在を探知させるようなダミー人形を城砦のあちこちに仕掛けて、捜索者を翻弄しているのである。加えてヴァイクロン兵の無能さが仕事をより困難にさせており、シェランドンを苛立たせた。


「あの鳥野郎、虚仮こけにしやがって。いい加減、俺がこんなくだらない仕掛けに引っかかると思うな。それから、お前ら……」


 ヴァイクロン兵を全員並べ立たせて散々説教を垂れ流すが、「ゴー・ヴァイダム!」とやる気だけは見せるこの連中に心底辟易とした。


 ピピピ……、ピピピ……。


 シェランドンのタブレットに着信が入った。しばらく着信音を響かせながら、自分の心と呼吸が鎮まるのを待ち、ゆっくりと通話を開始した。「もしもしアロ?」


「遅い! 通話は三コール以内に出ろと言っておるじゃろう。で、今回こそは捕まえたのじゃろうな」


「いい加減にしろよ、ルシファリア! またハズレだよ。やつら、本当にまだ城砦の中に残っているのか? とっくの昔に外へ逃げちまったんじゃないのか」


「私がこうして見張っているから大丈夫じゃ。機罡獣にはお互いの存在を感じる能力があるのじゃよ。だからカーバンクルはまだ外には出ていない。根気よく探索を続けよ。女も一緒にいる」


 シェランドンはルシファリアに無理やり放り込まれた宝筐ほうきょうの中の、狭苦しい空間を思い出した。機罡獣という連中はあんな摩訶不思議な空間を使って自在に物の出し入れができることを身を以て知らされていたので、あの小生意気な鳥野郎にもその能力が備わっているであろうことは認めた。

 先の場面で完全に追い詰めたと思った矢先、グビラードの爆発に紛れて女を宝筐に放り込み、自身は瞬間移動に近い術式を用いて一瞬で姿をくらませた、というのが魔導士ヴェロニックの見立てだ。


「なあ、そもそも機罡獣の気配を感じられるのなら、お前が動いた方が早いんじゃないのか?」


 タブレットの向こうでしばらく沈黙が続いた。


「ば、ばかもん! 私が全力で集中していなければ見逃すほど、カーバンクルは自身の存在を巧みに隠ぺいしておるのじゃ。戦闘力は蚊ほどもないが、こういうこすいマネは昔から得意なやつなのじゃ」


 今、ルシファリアはカーバンクルの気配を探るためにヴェロニックの開発した機罡獣探知術式なるものを使っており、増幅装置を頭に乗っけて索敵をしている。それで反応があった箇所をその都度知らせてくるのだが、その精度が疑わしい。


「あいつは無数のダミーを砦の中に仕掛けているんだ。おまえ、最初からあの鳥野郎に担がれているんじゃないのか?」


「……」


「おい」


「勘の良すぎる部下は上司に好まれぬぞ。むむっ、そうこう言っている間にまた新しい反応じゃ。ほら、行け。さっさと行って鳥野郎を捕獲するのじゃ!」


 ブツン、と一方的に通話を切られた。理不尽な上司のブラックな態度に握力でタブレットを潰してしまいそうになるが、大きく、そして深く呼吸をすることで、シェランドンは何とか気持ちを切り替えた。


「行くぞ」


 短く命令すると、シェランドンはヴァイクロン兵を従えて立ち去った。


◆◆◆◆◆


 騒々しい足音が弾薬庫から遠ざかっていき、やがて静寂が訪れた。暗い部屋の中でぽつんと置き去りにされた鳥の人形だが、額に赤い光が灯ると、次いでぴょこんと体を起こした。そして羽を器用に使い、自分の体に貼っておいた紙をはがす。


「エヘヘ、ルシファリアって力はむちゃくちゃ強いけど、おつむの方は相変わらずで助かったよ」


 カーバンクルは自身の能力で匿ったレイの姿を確認した。彼女はまだ意識を回復しておらず、それどころか戦闘によるダメージで危険な状態だった。


「レイ、ボクの宝筐はクローゼット程度の広さしかないけど、ちょっとの間だけ我慢してね。絶対にキミを助けるから……」

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