委員会

 グビラードは魔王軍が主力兵器として生産を始めた魔力マナモビルの初号機として建造された。魔力モビルとは、あらゆる戦場に対応させて汎用性を担保しつつ重装甲と高火力を併用し、敵を一方的に撃滅することを目的とした決戦兵器である。


 当初は巨人型が検討されていたものの、種々の問題から安定性の高い四本足で歩行させる形で設計された。


 元は旧世界を席巻した魔王軍であるジャハンナムの主力兵装であったものを参照したものであるが、現代の技術ではまだ完全再現が難しく、試行錯誤が繰り返された。特に魔力エネルギーの供給量が当時と比べて格段に少ない現代において巨大な物体を運用するための術式は開発者の頭を悩ませた。

 長年の研究を経てようやく目下の課題であった微少な魔力エネルギーを補完する増幅炉が完成し、全高30メートル、全長40メートル、横幅20メートル、総重量550トン以上の巨体を円滑に運動させることに成功したのである。


 この超兵器が量産されて戦地に投入されれば世界の軍事バランスは魔王軍へ大きく傾くことになるだろう。連合軍は成す術もなく蹂躙され、世界は一年を待たずして魔王軍が支配するところとなる!


 少なくともヴァイダムの上層部的な存在である「委員会」はそうなることを期待してやまなかった。


「やれやれ、委員会の皆様の多大な期待を寄せて預かった魔力モビルの初陣でしたが、いきなり大破させてしまって、私は胃に穴が空きそうだよ」


「あれほど時間をかけて用意したというのにな」


 マージの城壁から銀面軍師と赤備えの戦士が、機関部の爆発で無残な姿をさらしている魔力モビルを見下ろしながら会話をしていた。城壁の上と下ではヴァイクロン兵が慌ただしく作業をしており、爆発の際に損害を被った他のグビラードの修理、補修などに従事していた。


 ランボルグとグレンザムはルシファリアからの指示を受け、駐留させているグビラード他、城塞の破損状況と、それらの修理作業の進捗を監督しているのである。


 砲撃を受けたグビラード3号機に関しては完全に損壊しており、その影響はすさまじく、地面は抉れて巨大なクレーターがぽっかりと口を開けていた。マージの城砦についても無事であるはずがなく、城壁のいたるところにヒビが入って半壊しており、全壊は免れたとはいえその防御性能は著しく低下していた。


 グビラード3号機と並んで駐留していた2号機も爆風に煽られ、側面を激しく損傷して転倒。2号機の奥にあり、かつ最も離れた位置にあった1号機でさえ爆発の破片によって小破、各種武装に損傷が見られるという有様であった。


「最初から炉心だけ放り込んで爆発させていれば、手の込んだ権謀術数をめぐらさなくてもよかったのではないか」


 グレンザムは葉巻を咥えながら、黒い煙を上げている魔力モビルの残骸を見下ろして呟いた。ランボルグも同じく煙草の煙をふーっとやりながら、半ば同意した。


「悪くないね。それこそ目的地を設定してグビラードで突貫、目標に到達した時点で炉心を自爆させれば、計り知れない戦果を挙げられる。このような圧倒的な破壊力を有する兵器は単に敵を破砕するだけにとどまらず、それを保有する者に対して心理的に攻撃を抑制させる効果もある。ううむ、委員会にそう報告すれば、今回の魔力モビル損失の件もうやむやにできないものかな」


「所詮は金と既得権益に目がくらんだ餓鬼のような連中だ。都合の悪いことはすぐに忘れる。それこそ、レアンシャントゥールの原因であるハジュンの存在をうやむやにして儲けを取るくらいだ。気にすることはない」


 ルシファリアを首魁とするヴァイダムであるが、それは委員会と呼称される秘密結社の巨大な枠組みの一つに組み込まれている。委員会とは、大企業の会長であったり、歴史ある国の要職にある一族であったり、暗殺者の系譜に連なる家系であるといったように様々な実力者からなる秘密結社であり、はるか古代からエーテリア世界を裏から支配してきた者達である。元々国家や大衆に対して強い影響力を保有していた彼らであるが、魔王の時代にその勢力は最高潮に達した。


 旧世界における魔王と機罡戦隊の戦いで魔力が失われると規模も小さくなり、その後に訪れた新世界では影響力も落ち込んだが、溜め込んでいた資産や人脈を駆使して難局を乗り切った。そしてレアンシャントゥールの勃興によってその権勢を昔日に迫る勢いまで回復させた。


 魔王の力を謳歌したい委員会にとってヴァイダムの存在は非常に都合の良いものであった。彼らが戦争や騒動を起こすことで、武器や魔法の売買を生業にする者にとっては大きな利益を上げることができるからだ。その他にも復興支援にこぎつけて金を無心したり、食料を売りつけたりと、彼らのビジネスにとって戦争とは少ない労力で莫大な儲けを生む最高の錬金術であったのだ。

 ルシファリアが目指すハジュンの世界が、自分たちの求める支配欲に一致したことで、彼らは征服者としての自覚を高めたのである。


 当然ながらルシファリアを始め、その部下であるランボルグ達は彼らを微塵も尊敬しておらず、ただの資金提供者としかみなしていない。が、それでも手段の達成には委員会と一定以上の信頼関係を構築している必要はあった。


「それにしても、魔力マナモビルを一撃とは」


「グビラードを撃ち抜いた武器のことを言っているのか」


「エースライザーだ。あの武器の神秘性を目の当たりにして、つくづく強大な敵と戦う運命にあることを実感しているよ。機罡獣を従える戦士はいずれも劣らぬ強敵となって我らの覇道に立ち塞がることだろう」


「なあ、ランボルグ。おまえ、あの女の攻撃は最初からグビラードを狙ったものだと思うか?」


 九分九厘、勝利を確信した場面で、敗北を喫した気分だった。現在、城砦内では逃走したランス軍の兵卒と機罡獣の捜索が続けられているが、発見には至っていない。


「いやグレンザム、それはない。たまたま撃ち放った方向に我々の魔力モビルが置いてあっただけのことだ。しかしね、昔から女神に愛された人間という者は、計算や常識といったものでは到底推し量れない、真に天運というものが備わっているように思うんだ。何も考えてない適当な行動が、まるで世界がそれに合わせるかのように、結果的に肯定されるような現象がある。これは魔法ではなく、確かな因果として存在するんだ」


「女神を敵に回した我らにはまるで勝ち目がないな」


 言いながら、悠々と葉巻の煙を中空に吹いた。


「そう言いつつ、まるでその気はないようだね。まったく頼りになる男だよ」


 短くなった煙草を城壁から放り投げた。その煙草の落下していく先には、大破したグビラードが黒い煙を上げている。そこではヴァイクロン兵が消火を続けながら、数台の重機を使って資材の回収や除去作業を行っていた。煙の出所となっていた炉心の撤去作業がいよいよ大詰めで、複数のクレーンによって引き上げられようとしていた。


「ああ、炉心が完全におしゃかだ。あれを一つ作るのに、小さな国の国家予算程度の金が必要だというのに! まさか委員会からヴァイダムに損害を請求されることはないだろうね。そんなことになれば、私は魔王軍一の無能者の烙印を押されるだろう。契約解消、クビにされて追放の憂き目は免れない。ああ、本格的に気分が悪くなってきたよ」


「医務室で薬でも貰ってこい。ここは俺が一人で見ておいてやる!」

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