華麗なる勝利……

 レイが初めてエースライザーの剣を抜いた瞬間である。圧縮された情報が一気に流れ込んできて、それはレイの知識の一部となって固着した。この危機を乗り切るためにレイがエースライザーを参照すると、即座にそれはいくつかの方法を提案してきた。その中で現状最も実現可能であり、かつ大きな戦果を挙げるとされたものが、エースライザーの大砲形態による射撃であった。


 初めて扱う武器で、盾が自律して動くやら、目的に応じて合体変形するなど、まるでお伽噺のような話である。


 レイがこれを素直に受け入れたのは、命の危険が迫る状況であることもそうだが、脳波で受け取るエースライザーの雰囲気がどことなく女神カノンの気品を思い起こさせたからだ。根拠はないが、女神の存在はレイに魔王と戦う勇気を与えていたのだ。


 エースライザーからレイを通して作戦指示はカーバンクルにも伝えられ、三位一体の攻防の幕が切って落とされた。レイの無茶な発案をカーバンクルは危惧し、何度も他の方法を提案したが、レイの意志は変わらなかった。


 だが射撃武器の存在を悟られないようにレイは可能な限り敵に近接戦闘を仕掛けなければならず、敵を一方にまとめながら機を見て距離を取り、素早く射撃体勢に移行するという段取りを予測不可能な乱戦の中で成し遂げなければならなかった。


 このような状況下で少しでもレイを補助すべく、カーバンクルは起こりうる事態に備えて自身の能力をいつでも発動できるように構えている必要があった。能天気に振る舞う一方で、レイとの初戦闘に際して非常に高いプレッシャーを自身に課していたのである。

 はたしてレイはカーバンクルが予想した以上の兵士であり、作戦は見事に功を奏した。完全に虚を突かれた魔王軍の戦士達はエースライザーの砲撃を避ける暇もないまま、膨大なエネルギーの光に飲み込まれた。


 しかしその破壊力は桁が外れており、攻撃の反動と衝撃をレイは大砲の防盾の影に入ってやり過ごさなければ危ないところだった。しばらくエネルギーの奔流が続いた後、ようやく静まったと判断してレイは防盾から慎重に頭を出し、周囲の状況を見て絶句した。


「カーバンクル」


 レイは床の上にころんと仰向けに転がっている相棒の姿を発見するや、つかつかと肩を怒らせながら歩み寄った。そしてむんずと片手で拾い上げるとこの不思議な鳥、カーバンクルは両手(翼)を上げて固まった。


「あんた、しれっと出力最大とか言っていたわよね。なに、この馬鹿げた威力は? まるで太陽を撃ち出したのかと思ったわ。まだ目がチカチカする!」


「だって、せっかくのレイとの初戦闘なんだし、派手に決めようと思って、つい」


「これを見なさい!」


 ぐいとレイに首根っこを掴まれたまま、カーバンクルは変わり果てた風景を見せられる羽目になった。発射の衝撃で室内の装飾や石造りの壁、祭壇は瓦解して崩れており、大量の瓦礫が散乱していた。


 だが、それらは目の前の光景に比べれば些細な問題であった。


 エースライザーの砲身が伸びる方向にあったマージの隔壁は大きく穴が穿たれており、それはずっと外まで真っすぐエネルギーが通過した形に連なって穴が開けられていた。頑丈で名をはせたマージ東部側の防壁さえも貫通しており、入り込んできた空気が風となって二人のいる秘密の部屋跡まで届いて、レイの髪を揺らした。


この馬鹿セ・ダァンクっ、マージにこんな風穴開けてくれちゃって! それよりも、射線上に味方がいたらどうするのよ。ああ、また隊長に怒られるわ。始末書よ、減給よ、せっかく第一空挺団への異動が決まっていたのに取り消しだわ!」


 レイが頭を抱えて落ち込んだので、カーバンクルは彼女の拘束から逃れることができ、エースライザー砲の防盾部分に止まった。一応この機罡獣、出力に関しては射撃前に報告をしており、それで最終的に撃てと命じたのはレイなので、一方的に説教されるのもおかしいのだが、さすがにここまで威力があることは不思議な鳥をしても想定外だった。


「でもね、レイ」 カーバンクルは自己弁護を始めた。「ランス軍の人たちは地下の居住区に収容されているから大丈夫だよ」


「……本当?」


 ほら、とカーバンクルは額の宝石を輝かせると、空中に画像が映し出された。それはマージの監視システムをハッキングした映像であり、地下居住区に捕らわれたマージの人間たちの姿が映し出されていた。その中には中隊長のエルリック、他の四中隊員、そしてマージ守備隊の兵員、購買所・兵員食堂などの民間人スタッフの姿もあったので、それを見たレイは一先ず安堵した。


「魔王軍の戦士は一人残らずやっつけたんだ。あとは味方を救出して、残っている魔王軍の雑兵を追い出せば、戦いはランス軍の大勝利! ちょっとくらいの損害は敵のせいにしちゃえばいいし、ボクたちは最大の功労者さ。いやあ、凌雲の志を持った少女はまさに孤軍奮闘して起死回生。これはもう、三階級特進に値する大活躍だよ」


「そ、そうよね」


 おしゃべりな鳥のおだて上げにすっかり頬を緩めるレイだが、引っかかっていることもあった。「ところで、あの娘はどうしたかしら」


「ああ、ルシファリアと言ったっけ……ん、ルシファリア?」


「冥魁星の白玉剣だと言っていたわね。でもまだ子供だったし、先の戦闘には参加してなかったから、できれば保護したかったけど」


 ところがカーバンクルがまた両の翼を上にして固まっているのを見てレイは不可解に思った。「そういえばあの子、あなたのことを知っている風だったわ。もしかして元カノだなんてことはないわよね」


 むろんレイは冗談でそう言ったのだが、どうもカーバンクルの様子がおかしい。この鳥とは出会ったばかりだが、一戦を通じて少しはお互いのことが分かったつもりでいた。おしゃべりなお調子者というのはカノンの言う通りであったが、その能力には信頼が置けた。だからこそレイは彼に命を預けるような行動がとれたのである。

 それなのにレイの言葉に反応もなく、この妙な態度は違和感を覚えさせた。


「まさか……」


「やっと思い出したようじゃな、カーバンクル。この姿になった私に気が付くか試していたが、耄碌はしておらなんだか」


 はっとしてレイが声のした方へ向くと、そこには不敵な笑みを浮かべた黒髪の少女がいた。瓦解した部屋のどこにいたのか知らないが、フリルの付いた黒い子供用のゴシックドレスに乱れた部分はなく、その手には自らの二つ名である白玉の剣アラバスターメーザーを携えていた。


「ふふふ、勝ったつもりでいるところを悪いのじゃが、勝利は我らヴァイダムがもらい受ける」


 身構えるレイの目の前でルシファリアは白玉剣の鍔を目の前の高さまで持ち上げて叫んだ。「ヴァイダムチェンジ!」


 剣が吠えるように魔力を放出し、虚空から出現した黒い鎧が少女の体へ自動的に装着されていった。そして背中には天使の名を冠するに足る濡れ羽色をした一対の翼が出現して、その身を宙に浮かばせた。


「ふ、ふふ……。さあ、どうするねカーバンクル!」

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