万能武器エースライザー

 レイが意外に思ったのは、自身の攻撃を受け止めたのが怪力のシェランドンでなく、ひょろっとした印象の銀面軍師であったからだ。ぎり、ぎりとレイの剣とランボルグの錫杖が十字に交差して火花を散らす。


「ランボルグだっけ、あなた。戦闘は苦手だったんじゃなくて?」


 敵に煽られた銀面軍師だったが、その顔にはまだ笑みを浮かべる余裕があった。「ええ、魔星の力を最大限にして体力を引き上げなければ、危なかったですよ。疲れるので、あんまりこういう力の使い方はしたくないのですがね」


 そうこうしているうちに態勢を整えたグレンザムが長剣を引き抜いてレイに突き込んできたので、やむなく錫杖を弾いて間合いを離した。


「そっちは赤備えのグレンザムよね。へえ、飛び道具だけじゃなくて、そんな近接武器も使うんだ」


「不覚を取ったが」 グレンザムの手にした剣が灼熱を帯びて赤色に染まり、それが周囲の空気をゆらがせた。「この焔剣フレアコマンドを抜かせたからには、同じようにはいかんぞ小娘」


「おらおら、よそ見をしている場合か」


 レイの背後からシェランドンの大剣がうなりを上げて襲い掛かったが、レイはその攻撃をまるで見ているかのように無駄のない動きで避けた。だがシェランドンもさるもので、重い大剣ながら暴風の如き連続斬撃を繰り出す。

 レイはその一撃を見極めると身をひるがえして攻撃を避け、小手を狙って反撃する。しかしこの攻撃はシェランドンに「お見通しだ」と言わんばかりに防がれ、代わりに前蹴りによる応手を受けた。この蹴りは盾で防いだものの、その衝撃でレイの左手から盾が弾き飛ばされてしまった。

 自身の攻撃が有効であったことを確信したシェランドンはさらに大剣をふるって小生意気な娘にとどめを刺すべく追撃しようとしたが、予期せぬ方向から攻撃を受けてその動きを止めた。


「な、なんだ⁉」


 よく見ればレイの腕を離れた盾が独立して飛行しており、その表面に浮かんだ魔法の術式が光の弾を打ち出して攻撃していたのである。

 この宙を駆ける盾は高速でシェランドンの周囲を飛び回って攻撃を続け、これに対して大剣を振り回し、時折開いた掌からビリビリと雷を放出するシェランドンであったが、その攻撃が飛行する盾を捕らえることはなかった。


「おのれ、ちょこまかと憎たらしいやつめ」


 そんな風にして、すっかり盾に翻弄されていたので、レイのことを失念していたのはシェランドンにとって痛恨であった。


「そんなに上ばかり見ていたら、こっちが隙だらけよ」


 ガツン、と脛を思い切り蹴り上げられてシェランドンはぐおおっ、と悶絶してうずくまった。今度はレイが追撃をする番であったが、この一手は踏み込んできたグレンザムの斬撃を受け止めるのに割かれた。


 ――熱ッ! グレンザムの長剣、焔剣フレアコマンドの魔力によって高熱を放つ刀身はエースライザーで受け止めることはできても、圧倒的な熱量は打ち合う度にじりじりとレイの体を焼いた。しかも剣術はレイとグレンザムで比べるべくもない。そのうえ短剣サイズであるエースライザーとフレアコマンドの有する間合いがさらに両者の実力差を広げ、たとえ能力を底上げしたレイのスピードでも踏み込むことは至難であった。


「どうしたレイ・アルジュリオ。逃げ回っているだけでは勝負にならんぞ」


「なにを、この赤備え。レイはまだこの戦い方に慣れてないだけだい。ほらレイ、そこだ、やっちゃえ」


 宙を飛びながら応援するカーバンクルに「うるさい」と言い放ちたいレイであったが、グレンザムの発する殺気が一段と跳ね上がったのを肌で感じて気持ちを切り替えた。


「カーバンクル!」


 フレアコマンドの炎を発するほどに熱された刀身が振り下ろされると、鋭く尖った熱の波がレイに向かって発せられた。グレンザム必殺の大技はレイを消し炭とするに十分な威力であったが、間一髪でカーバンクルの宝石が輝き、この熱波斬りは打ち消された。

 それと同時にエースライザーの盾が自律したままレイの背後に回ってシェランドンからの大剣を受け流し、レイ自身はランボルグの放った魔法の火球を剣で切り払ってみせた。

 これらを同時に対処したレイだが、ここへさらに魔王軍が攻撃を重ねた。ヴェロニックがレイの頭上を取っていたのである。


「ただ者ではないとは思っていたけど、大した動きねレイ! でもこれは避けられるかしら」


 空中に自身の魔力で作り上げた特殊な力場に乗ったヴェロニックが細身の剣を構え、レイの直上から急降下した。さながら猛禽が空中から獲物を狙う様に似て、その鋭い剣の切っ先は確実にレイの急所を捉えたまま高速で迫った。


「くっ、ヴェロニック……」


 頭上からの鋭い刺突に髪を何本か切られつつ、レイは風に吹かれる柳の如く避けたが、続くシェランドンの薙ぎ払いを受けて大いにバランスを崩し、その隙を見逃さなかったグレンザム二度目の必殺熱波斬りは回避が間に合わずに直撃を受けてしまった。

 一瞬でレイの体は炎にくるまれたが、カーバンクルが即座にこれを消火する。ランボルグがその隙に錫杖をふるって再び魔法を飛ばすと、こちらはエースライザーが立ちはだかってレイを守った。

 ところがそこへシェランドン、ヴェロニック、グレンザムが一斉に攻撃を重ねると、大きく乗算された魔王軍の衝撃に盾とカーバンクルは対処しきれず、抵抗空しくついに押し込まれた。

 レイは敵軍総攻撃の威力になぶられて激しく後方へ吹き飛ばされた。


「がっ……はぁ……」


 それでも盾が最小限ながらも仕事をしたおかげでレイは致命傷こそ免れたが、片膝を付いて呻くほどにダメージが残った。その眼前には各々の武器を構えた魔王軍戦士が横一列に並んでおり、とどめを刺そうと不敵な笑みを浮かべている。


「これで最後ね、レイ。安心してちょうだい、あなたの仲間もすぐに後を追わせてあげるわ」


「そう、最後ね、ヴェロニック。わたしはこの機を狙っていたのだから!」


 さっと腕を伸ばすと、離れた場所に転がっていた盾がレイの元に戻った。そのまま剣を収納すると、瞬時にそれは防盾に長い砲身を通した巨大な大砲の姿へ変化した。「カーバンクル、照準」


 レイの背後に浮かんでいたカーバンクルの宝石が輝き、ぎょっとする魔王軍各々の体に不可思議なマークが投影された。そのままこの不思議な鳥は大砲に据えられていた端末部分にちょこんと入り込み、羽を器用に使ってパネルを操作した。


「方位修正よし、目標補足、ついでに出力を最大に設定。発射準備、完了!」


撃てティレ!」


 刹那、砲口から凄まじい光と衝撃が発せられた。

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