不思議な鳥

 はっとレイが目の前を見ると、驚いた様子でいる魔王軍ヴァイダムの戦士たちと目が合った。シェランドンが思わず口走る。


「バカな。俺たちの攻撃がかき消された、だと⁉」


 彼らは一様に武器を携えたままで口々に何が起こったのかを推測していたが、レイとてようと知れなかった。何しろ先ほどまで女神と一緒にお茶をしていたのだから!


「エヘヘ、レイ、カノンに会えたようだね」


 緊迫した場面には不釣り合いな、幼くて陽気な声がした。レイも、魔王軍もその声の主を探した。


「ヴェロニック、鳥は」


 そう叫んだのは黒髪の少女ルシファリアで、その声にヴェロニックは腕に抱えているはずの鳥の彫像を確かめた。


「こ、これは」 彼女の腕にあった鳥はただの人形に姿を変えており、ご丁寧に「ハズレノン」という紙が貼りつけられていた。自分が謀られたことを知ったヴェロニックは激昂して人形を床に叩きつけた。

 途端に、ぱん! という破裂音が響き、人形は紙吹雪を撒き散らして消失した。

 思わず悲鳴を上げてしまったヴェロニックは顔を赤らめて歯ぎしりをする。「……おのれ、小癪なマネを」


「そこか」


 グレンザムが構えていた重火器を虚空に向かって激しく連射した。撃ち放たれた魔法のエネルギー弾は空中の一点に集弾したが、次の瞬間、すべての弾が射手、そして魔王軍の陣営に跳ね返って爆発した。突発的に防御動作に追いやられた魔王軍は、声の主と思われる影がレイに接近するのを止められなかった。


 それは先程までヴェロニックに抱えられていた鳥の石像であることは間違いなかったが、今では命が宿って自由に空を飛んでおり、鳥の額にある赤い石が爛々と輝いていた。


 鳥はかろやかに翼をはためかせてレイに近づくと、無遠慮に彼女の差し出した腕に止まった。


やあサリュ、レイ。ボクはカーバンクル! キミと一緒に戦える日をボクはずっと待っていたんだ!」


「え、ええ。あたしも期待しているわ……」


「それから、これはプレゼントだよ。ほら」


「これは……」


 カーバンクルが羽をレイの前に伸ばした。その先端にはヴェロニックに奪われた首飾りがかかっていた。


「なっ……! いつの間に」


 白薔薇の魔導士は自分の手にあったはずのものがないことに驚いた。


「さあ、ボクたち二人が手を組めば天下無双、万夫不当、百戦危うからず。さあ魔王軍のひょうろく玉諸君、この宝石の輝きを恐れぬのなら、束になってかかって来るがいい。この無敵の超人兵士、レイ・アルジュリオが相手になるぞ」


 レイの肩へ移動し、羽を人間の腕に見立てて器用に敵を煽るカーバンクルである。

 何を勝手に一人で盛り上がっているのよ、とレイは思わなくもなかったが、どのみち魔王軍との戦闘は避けて通れないことは覚悟していたところだ。それに伝説の機罡獣とやらの能力も確認しなければならない。


「こ、この鳥野郎、黙って聞いていれば好き勝手ぬかしやがったな」


「待ちなさい、シェランドン」


 大男は自身の得物である大剣に魔力を充填させ、まさに撃ち放とうとするところだったが、制止の声に反応した。


「なんだ、ランボルグ。あんな訳の分からん鳥野郎にこれだけ煽られといて、黙って見てろとでも言う気か」


「たわけ。あやつを迂闊に魔法で攻撃すると打ち消されたり、跳ね返されたりするのじゃ」


「じゃあ、どうするんだよルシファリアお嬢ちゃん!」


「物理で殴れ。攻撃力は無に等しい」


「うわ、相性最悪。チャンバラは大嫌いだってのに!」


 ルシファリアの言葉に愚痴をこぼすヴェロニックであったが、手にしていたステッキを細身の剣に変形させた。グレンザムも重火器に挿入されていた魔法のエネルギーパックを抜き、実弾の入った弾倉を装填して攻撃に備えた。


「いいですね、皆さんに達します」 ランボルグ自身も錫杖に付けられた輪をしゃらんと鳴らした。「できれば捕獲。それが無理だと思ったら、せめて人間の方だけは確実に始末してください。第二十九師団の二の舞にはならぬように。では、攻撃開始。ゴー・ヴァイダム!」


 ゴー・ヴァイダム! と、シェランドンを除く戦士たちがそれぞれの武器を掲げ、大声で叫んだ。


「ゴ、ゴー・ヴァイダム……」


 お前も早く言え、という四人のプレッシャーを受けてシェランドンも叫び、魔王軍の攻撃が一気呵成に切って落とされた。


「来るわ、カーバンクル。何か武器はないの?」


「もちろん、かつて魔王軍を相手に無双した万能武器エースライザーがあるよ! これさえあれば鬼に金棒、虎に翼、駆け馬に……」


「早くして!」


「首飾りを付けるんだ」 きらり、とカーバンクルの額の宝石が輝いた。


「え、これって……うわっ」


 ズダダダダ、とグレンザムからの激しい銃撃にさらされてレイは咄嗟に、自分の腕に出現した巨大な盾を前にかざした。それは宝石の装着された概ねアイロン型をした盾であり、すっぽりとレイの体を覆うことができた。おかげで銃撃からは身を守ることができたが、衝撃までは打ち消すことができず、足を前後に大きく開いて踏ん張らなければ立っていられなかった。

 こんな有様なので、ちゃっかりレイの背中にしがみついて身を守っている図太い鳥には大声を出さずにはいられない。


「ちょっと、他に何かできないの? このままじゃもたないわよ」


「そこに入っている剣を抜くと、エースライザーが起動するんだよ」


 盾の装飾かと思っていた一部をよく見ると、それは剣の柄のようにも見えた。ええいままよ、とレイはそれを握って抜刀してみせると、日輪のごとく輝きを放つ神秘的な刀身が出現した。


 同時に胸の首飾りが眩く光る。その不思議な輝きがレイの体を包み込んで消えたとき、「これならいける」という自信が彼女の心に沸いた。


 何よりも剣を抜いたその瞬間から周囲の時間の進み方が極端に遅くなったようにレイの目には映った。動体視力には自信があったが、これは度が過ぎる。何しろ空気を裂いて飛んでくる銃弾の一発、一発がはっきりと見えるのだ!


「エースライザーがレイの能力を底上げしているんだ。元々キミの運動神経は頭抜けているからね。さあ、がんばろうレイ!」


 カーバンクルの激励はともかく、レイの目には今、現実の景色とは別に不思議な画像が添付されていた。それは図形で示されたエースライザーのようであり、そこにほんの少し意識を注ぐだけで、自動的にレイの脳裏へ仕様の説明や戦術指南が言葉ではなく感覚で示されるのだった。

 エースライザーの導きに自身の力を上乗せさせ、レイは赤備えの射手へ一気に肉薄した。


「……速いっ!」


 甲高い音が石の壁に反響した。瞬く間に接近を許したグレンザムは手にしていた重火器でレイの斬撃を受け止めるのが精々だった。だがエースライザーの刃が容易く重火器を切断してくるのを見たグレンザムは瞬時に武器を手放して間合いをとり、それが真っ二つになって落ちるのと同時に引き抜いた拳銃をレイに撃ち放った。

 ところがレイは至近距離で撃たれた銃弾をすべてフットワークでかわして近づき、完全に隙をさらしたグレンザムを必殺するに十分な間合いに踏み込んだ。


 その場にいた魔王軍の戦士達は電光石火の如きレイの姿を見失っていた。彼らの目が異変を察知したのは、グレンザムの重火器が石床の上に転がって音をたてた時で、次にレイの姿を捕らえたのはその武器の主が斬られようとする瞬間であった。


 キィン‼


 誰もが、仲間の袈裟斬りにされる姿を想像したが、グレンザムの前に立ちはだかった何者かがレイの攻撃を防いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る