ヴァイダムチェンジ

 ひとりでに開いた扉に唖然とするレイにヴェロニックが話しかけた。「あれを見て!」


 開いた扉の向こうは広間となっており、奥には祭壇のような作りの段々が据えられていた。その中央部には小さな鳥の彫像がぽつんと置かれており、二人がそちらに近づいてよく見ると、鳥の額には赤い宝石がはめ込まれているのが分かった。


「な、なに、この鳥は……? これが聖遺物?」


「そうじゃ。それこそは不思議な鳥、カーバンクル」


 不意に背後から声がして、レイは反射的に振り返った。そこにはランボルグ、シェランドン、グレンザムが腕を組んで立っていた。だが、鳥の名を告げたのは彼らより少し前に出て立っていた少女ルシファリアであった。


「忌まわしきカノンと共にこの世にやってきた機罡獣の一つ。ライオンのレオンハルトの時は失敗した。今度こそ手に入れる」


 レイはヴェロニックを守るように魔王軍との間に立って構えた。「へえ。勘付いて後をつけてきたってわけ」


「ええ、その通り。あなたの芝居に乗っかる形で案内してもらいました」 銀面の男が苦笑しながら答えた。「笑うのを我慢するのがあんなに辛いとは思いませんでしたが」


 レイがよく分かっていない表情をするのを見て、さすがのシェランドンも絶句しかけた。「おまえ、まさかバレてないとでも思ったのか?」


「ヴァイクロン兵に化けるとは思わなかったぞ。気づかないふりをするのも大変じゃ」


 ルシファリアにまで言ってのけられ、レイはぐぬぬと唸って耳まで真っ赤にした。「だからって何よ。こうなったらこの鳥は絶対に渡さないわよ。取れるものなら取ってみなさい」


「勇敢なランス軍の士長はこう言っていますが、ヴェロニック、どうでしょうか?」


「ええ、ランボ。意外と軽いわ」


 は? とレイは祭壇の方を振り返った。ヴェロニックがそこに置かれていた鳥の彫像を片手で持ち上げて眺めていた。


「ちょ、ちょっと、ヴェロニック……?」


「うふふ、いい顔をしてるわ、レイ」


「ヴェロニック、預かっていたものだ。受け取れ」


 グレンザムが放った何かが彼女の腕に装着された。それは魔法の腕輪であり、ヴェロニックは恍惚とした表情を浮かべて言った。


「ヴァイダムチェンジ!」


 腕輪から溢れた魔力が一瞬でヴェロニックの体を包み込み、彼女の姿を変えた。それは貴族の男が身に着けるような豪華な衣装で、その所々には魔力を帯びた防具を備えていた。頭には白い大きめのベレー帽をかぶり、鳥の彫刻を抱える反対の手には魔法のステッキが握られている。


「――ッ!」


 声を失うレイの横をヴェロニックは鳥の彫像を片手に抱えたまま素通りし、魔王軍の者達と合流した。そして、なお固まったままでいるレイに微笑を浮かべて向き直った。「改めて自己紹介しようかしら。みんな、準備はいい? いくわよ!」


 ヴェロニックはバレエの踊り手がやるような軽やかなステップを踏み、右手を高々と上げる姿で止まった。「冥貴星・白薔薇の魔導士、ヴェロニック」


 続いて銀面の男がマントを翻しながらばっと両手を広げて大の字になって立つ。


「同じく冥智星・銀面軍師、ランボルグ」


 赤い鎧がカラテの型を演ずるように躍動する。大きく片足を前に出して体重を預ける姿勢となり、拳を突き出して叫んだ。


「冥焔星・烈火の赤備え、グレンザム」


 自分の番になったことを悟ったシェランドンは泡を食った。「お、おい。俺もやるのか?」


 ランボルグがそっと耳打ちした。「先程教えたとおりにやれば大丈夫だから、お願いしますよ」


 若干の迷いと気恥ずかしさをにじませながら、白い鎧の大男が半身を切って中腰となり、広げた掌を突き出した。


「……冥雷星・雷撃の大剣使い、シェランドンだ」


 最後、真ん中で黒いドレスに身を包んだ少女が手に白く輝く剣を抜いて高々と掲げた。


「冥魁星・白玉剣、ルシファリア」


「我ら、この世の光を滅し、真の闇をもたらす魔王ハジュンの尖兵、魔王軍ヴァイダム第十五師団――」


 ルシファリアを除く四人の戦士が一糸乱れぬ(シェランドンには多少の迷いが見られたが)振付を披露し、各自固有のポーズで動作を止めた瞬間である。


GEWSゲウス雷撃隊!」


 全員の頭上に己に宿した魔星を輝かせ、見得を切っての大音声は秘密の広間にしばらく反響した。


「…………」


 レイは魔王軍の戦士達に完全に包囲され、いよいよ追い詰められたことを悟った。「ヴェロニック……。最初から私たちを騙していたの」


「ええ、そう」 ヴァイダムの魔導士は妖しく微笑み、鳥の彫像を掲げて見せた。「防衛システムの奥に隠されたこの鳥を手に入れるためには、一度システムそのものを凍結させなければならなかったのよ。それで、いろいろと手を打っていたわけ」


「随分と手間をかけたのね。そんなにそれが怖いわけ」


 これには少女が答えた。「カノンの機罡獣は非常に厄介じゃ。特にこいつはいろいろな意味で手強い。起動する前にそのカギとなる石も手に入れられたことは非常に僥倖じゃ」


 カギ? 石? はっとしてレイは自分の胸をまさぐった。いつの間にか首飾りが無くなっている。ジャンヌに託された、柘榴石の首飾りが!


「これなら、さっき拝借しておいたわよ」


 なんということだろうか。レイのすぐ目の前でヴェロニックが薄ら笑いをしながら首飾りを手に下げ、揺らしていた。彼女が先ほどレイに組み付いてきたのは、これが目的だったとは!


「うむ。これを持っていたということは、貴様はカノンに認められ、カーバンクルを従えて戦う戦士ということになる。ヴェロニックがそれらしい宝石を貴様が持っていると話していたのでな。ついでにここへ連れてきて、まとめて処分しようと思ったわけだ」


「何のことだか!」


「知らなければそれでもよい。その方が幸せなこともある」


 ここでレイはマージに赴任してから起こった不可解な出来事について思い当たった。戦力が縮小されていったこと、妙に自分への当たりが強い司令官、そしてマージ防衛システムの低調。「まさか、そこのヴィガン二尉を焚きつけたのも」


「ええ。私が仕向けた」


「……」


「なによシェランドン、なんて顔をしているのかしら。魔星の力を手に入れて解脱ゲダツができたのだから文句ないでしょうよ」


「解脱か」 シェランドンはレイとの戦闘で負った顔の傷痕をさすりながら複雑な相好を浮かべた。「この馬鹿げた体の回復力はそういうことか」


「ご名答」 銀面軍師が答えた。


「ハジュンによって認められた者は神に等しい肉体を得るのです。我々はハジュンの世界を構築し、統治をしていかねばなりません。普通の人間の体では、その世界では生き残れませんからね」


「何を勝手に話しているのかしら。そんな世界が来るわけないじゃない」


 五人の魔王軍の戦士はじりりとレイとの間合いを縮めた。それに気圧されてレイは後退りする。

 額から冷たい汗が流れた。


「マドモアゼル・アルジュリオ」 ランボルグがさらに一歩レイに近づいて語りかけた。「改めて問わせてもらいます。我らが魔王ハジュンと共に、ヴァイダムの戦士として己が力を解放したいと思いませんか。あなたには素晴らしい才能があることを、私が保証しますが――」


「答えは決まっているわ」


「いかに」


「ちゃんちゃらお断りよ!」


「残念だわ、レイ。私、あなたのことが本当に大好きだったのに」


 魔王軍の戦士は各々の得物から一斉にレイに向け破壊光線を発した。最期だと思われた瞬間、レイはヴェロニックに抱えられている鳥の額にある宝石が虹色に光り輝くのを見た。

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