セラヴィ!

 すでにマージの城砦には巨大な魔王軍の兵器であるグビラード三体が到達しており、マージ城砦に突っ込む形で動きを止めていた。一度城壁まで取りついてしまえば、グビラードの内部に待機していた多数の重装歩兵仕様のヴァイクロン兵が内部へ向かって進軍を始め、区画ごとに制圧して回った。

 司令官ボトムが絶対の自信を持っていたマージの防衛システムは敵軍のハッキングを受け、全システムを掌握される前に凍結が間に合ったが、おかげで魔王軍は無人の野を行くがごとく侵攻した。

 このようなトラブルを想定していなかった司令本部は有効な手立てがないまま後手に回り、弾薬の輸送という余計な仕事に人員を割かれていた第四中隊の各隊員だけでは急変する事態に対処が追いつかなかった。


 ほどなくして司令本部が敵に制圧され、マージは全面降伏した。戦闘開始の号砲が鳴り響いてから二時間とかからなかった。

 そしてマージを占拠した魔王軍は凍結された城砦の防御システムの復旧を求めて司令長官と交渉していた。


「では、どうしても我々にシステムを譲ってはいただけないと……?」


 ランボルグはマージ司令であるベルニエール・ボトムと相対して着席し、持参した茶を口に含みながら質問を続けた。一方のボトムは腕を後ろに縛られた状態で椅子に座らされており、すでに顔にはいくつも痣があって、口を切って血を流していた。彼をそこまで責め立てたのは、彼の元部下だった。


「システム凍結なんて思い切った手段をよくも取れたものだな。おかげで占領した価値も半減だ。十分な功績だと思って、さっさと巨人を復旧させな」


「おのれマクシス、この裏切り者め……」


 ふん、と元マージの士官であったシェランドンは上官に対して一切の慈悲を見せなかった。開いた手でボトム司令官の顔を鷲づかみにすると、そのまま掌から電撃を撃ち放った。バリバリ、と無機質な音にボトム司令官の甲高い悲鳴が合わさった。


「やめなさい、相手は老人なのよ! これ以上やったら死んでしまう」


 技師官の女に組み付かれ、シェランドンの雷撃は一時的に止まった。悪意から解放されたボトムはぶすぶすと細い煙を幾筋か上げながら力なくその場に倒れ込んだ。女は素早く司令官の方へ駆け寄ろうとしたが、シェランドンの腕に絡まれて悲鳴を上げた。


「ヴェ、ヴェロニック……」


 青色吐息のボトムは無情にも捕らわれたヴェロニックに憐憫の情を示した。「や、やめるんだマクシス。彼女は軍人ではないのだぞ……」


「だったら、早いところシステムを復旧させな。でなければこの女を丸焦げにしてやるぜ」


「そ、それは……」


「ボトム司令」 シェランドンの手並みを拝見していたランボルグは彼の要領に感心しつつ、機を見てやり取りに介入した。


「そこの技師の方にシステム復旧の方法を教えてくれればいい。防御システムを担当していた人間なら、問題なく扱えるだろう。そうすれば、あなただけではなく、投降したマージの人員の命も保障する」


「……」


「こいつめ、もう一度こいつを食らわせてやろうか」


 シェランドンが拳を握って火花をバチバチさせるのを見て、ランボルグはそれを諫めた。


「いいでしょう、少し休憩が必要だ。ヴェロニック技師、司令官の側についていてくれ」


 ちっ、と舌打ちをしてシェランドンは女を放し、司令部に据えられた幹部用の椅子に荒々しく腰を落とした。


 そこへ赤備えの鎧に身を包んだ男と、黒髪の少女が多数のヴァイクロン兵を引き連れて司令本部へ姿を現した。


「おおグレンザム、ルシファリア。来ましたか」


「ああランボルグ。投降したマージの兵士、作業員、その他非戦闘員は全員地下の居住区に収容した。彼らの監視、及びマージの各区画への警戒要員も当初の編成表の通りにヴァイクロン兵を配置して任務に就かせている」


「外周の警戒も手配済みじゃ」


 グレンザムに続いてルシファリアの口からも報告を受けてランボルグは満足げだ。


「ご苦労でした。やはりバラズゥク閣下のヴァイクロン兵は優秀ですね。単純作業しかできない私のヴァイクロンとは格段の性能差がある」


 グレンザムの背後に三列縦隊で並んでいるヴァイクロン兵は先程彼が召喚したものよりも格段に良い装備で整えられている。瓦礫に手を生やしたような原始の様相とは異なり、見た目は完全に機械化した人間の体に単眼のレンズを取り付けた兜を装備しており、各自に武装も施されていた。これらは城砦の制圧要員としてグビラードに積載されていた戦力である。


 バラズゥクとはヴァイダムで最大の兵力を保有する軍団の長であり、現在はルクセイアに侵攻している魔王軍の総指揮を取っている人物である。大貴族の出身であるらしく、周囲からは閣下と呼ばれている。


「何しろ我々は圧倒的な人員不足ですからね。一時しのぎの歩兵では息切れしてしまう。定期的に調整さえすれば恒久的に働く閣下のヴァイクロンは、まさに支配者の願望を体現した労働力です」


「すぐに故障するがのう」


 苦言を呈するのは黒いゴシックドレスの少女である。「この中にも調子悪いのがおる」


「それなら技師の腕が空いていますよ、ルシファリア。ちょうど今、休憩を取らせたところです」


「おい、そこのお前。そっちの女の方へ行って中身を見てもらえ」


 グレンザムがそう命じると列中から背の小さいヴァイクロン兵が出てきて、ぎこちない動きで司令官を介抱する女性技師へ近づいた。


「ぶ……ッ!」


 思わず吹き出しそうになり、ヴェロニックは慌てて口を両手で押えた。この小さなヴァイクロン兵が頭の防具を少しずらすと、その下にはレイの顔があり、彼女は指を口にあてがいつつ片目をつむった。

 ヴェロニックは平静を装って呼吸を整え、ひとまず魔王軍の戦士らの様子を伺った。幸い彼らは座っていたシェランドンの周りに集まって何やら話をしているようだ。彼に身振り手振りを添えて何かを指導するのに夢中で、こちらの異変には気が付いていなかった。


「ああ、レイ……。生きていたのね。よかった、心配したんだから……」


「ほ、本当にアルジュリオ士長なのか」


「ボトム長官……。エリクソン三佐から貴方に命令を受けろと言われました。自分はどうすればいいですか」


「今から言うことを、よく聞くんだアルジュリオ。この区画を出て……」


「何を勝手に話している!」


 シェランドンの手から激しく火花が巻き上がり、まさに打ち放とうとした瞬間であった。


「ト、トイレ!」 ヴェロニックは立ち上がり、顔を赤くして叫んで見せた。「トイレに行きたいんです! さ、さっきから、ずっと我慢していたので……」


 ヴェロニック渾身の哀願はその場にいた者たちの注目を一身に集め、しんと空気を凍らせた。


「……構いませんよ、マドモアゼル。ただし見張り番として、そこのヴァイクロン兵を一緒について行かせる」


「あんなポンコツに任せて大丈夫なのか、ランボルグ」


 シェランドンは不平をもらしたが、ランボルグは自分の提案を曲げなかった。そんな魔王軍の戦士達に見送られながら、ヴェロニックは背の小さいヴァイクロン兵の腕を引っ張り、そそくさと司令本部を出ていった。


◆◆◆


 部屋を出て最初の角を曲がったところでレイはヴァイクロン兵の兜を外した。


「相変わらずやることが大胆というか……。よくそれでばれないと思ったわね」


 レイの格好を眺めてヴェロニックは心底呆れた。中身の機械をそっくり抜き取って、外殻だけになった物へ強引に腕や足を通してヴァイクロン兵に成りすましていたわけだが、一部は生身が露出している。まったくレイがレイなら、これを見逃す魔王軍も魔王軍だ。


「セラヴィ!」


 人生なんてそんなものよ、という意味合いのランス語を吐露してヴァイクロン兵の扮装を外した。そして駆け足でマージの奥へ進んでいくレイの後を、ヴェロニックも追いかけて走っていった。

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