右顧左眄(うこさべん)な決断
話は一度、レイが司令本部を出て言った後に戻る。司令官であるベルニエール・ボトムは続けて前進してくる敵魔王軍の装甲車両群に対して果敢に砲撃を指示して、これらをことごとく撃破していった。そうしているうちに、おかしな雰囲気に気が付いた。敵の攻撃があまりにも単調で、無駄な動きであったからだ。何度目かも知れない敵の突貫が途切れたのを見て、ボトム司令は一旦マージ砲による攻撃を差し止め、部下に戦況を確認するように命令を下した。
前線から次々と情報が寄せられた。
「敵車両に違和感あり。全車両が適当な鉄片を張り合わせて戦闘車両に偽装されており、一部実弾を装填した車両も見受けられるが、殆どはこのハリボテである」
ボトムの許に届けられた情報はおおむねこの内容に集約された。この報告に司令官は大笑いをした。
「ふふふ、魔王軍め、笑かしてくれる。半年もの間、何をしていたのかと思えば、このような小細工を弄していたとはな。大方ハリボテで地雷の除去と大砲の弾切れを狙ったのであろうが、あいにくとマージに蓄積された弾薬は千万無量よ。この後、何をしようがすべて焼き払ってくれよう」
ボトムは敵の進軍が一時的に止んでいるこの機に、特にマージ砲の弾薬補給を優先して完了させるように命令を徹底させた。ところが、思わぬ事態が彼の思惑を邪魔した。それは部下からの新たな報告である。
「司令官、マージ防衛システムに異常です。弾薬の自動補給が動いていません」
なんだと、とボトムはすぐにシステム管理担当であるヴェロニックに問題を確認させた。彼女はすぐに端末を操作して特殊な術式を打ち込み、マージの防御システムに端末を接続した。「これは……敵、魔王軍からのハッキングで一部の運用術式が停止しています。この影響で自動補給術式が使えず、弾薬の補給に支障が出ています」
「復旧にはどれほどかかりそうか」
「システムに干渉している敵性術式を特定できれば、排除にそう時間はかかりませんが……」
「ベルナルド技師はそのまま作業に集中せよ。砲台、各銃座の要員については補充要員を導入して手動で弾薬の補給を急がせろ」
この命令で、対処要員として配備されていた第四中隊の隊員達も弾薬輸送に駆り出され、城砦は重い砲弾をバケツリレーする隊員達であふれた。そこへ、まるで見計らったように敵軍の車輛群が前進を始めたとの報告がもたらされたのだ。しかも、今度の敵軍の中には、異様な陰影をした巨大な兵器が含まれており、これは監視班からすぐに司令部へ届けられた。
「敵車両群に交じり、巨大な四本足で歩行する獣型兵器を三体確認! 全高約30メートル、左右に長距離砲の如き兵装が一対、その他武装多数……時速およそ30キロメートル毎時で接近中」
監視班からの報告と一緒に映像班からの映像も届き、司令部のスクリーンに「四本足の獣型兵器」なるものが悠々と三体並んで前進してくる様子が映し出された。後に
これに司令官であるボトムは檄を飛ばした。「あんなもの、何も恐れるに足らん。訓練に用いる的よりも大きくて当てやすいではないか。忘れるな、諸君らは無敵の巨人の中にいることを! マージ砲の砲撃手は全基あのハリボテを狙え」
マージの大砲が大轟音で斉射された。訓練された砲手達による正確な射撃は前進を続ける巨大兵器を捕らえたが、それらは爆発で起こった黒い煙の中から傷一つなく歩いて出てきた。
「敵、四足巨大兵器、砲弾直撃させるも効果なし」
「続けて撃て! あの細い足を狙うんだ。姿勢を崩せば勝手に倒れて自滅する」
「弾薬、補給が間に合っていません!」
「正面の火器をすべて四本足に向けて、あいつの進行を止めろ。その間にマージ砲の補給を済ませるんだ」
兵員による人海戦術で補給を受けていた各マージ砲だが、弾薬庫から最も遠い場所に設置されているところから次々と弾薬切れに陥った。それを何とか援護しようと機関砲、投擲爆雷、魔力エネルギー弾などの強力な兵装が一斉に火を噴くのだが、巨大兵器は全く意に介さずに前進を続けて自身の射程圏内に入ると、各機が攻撃兵装の展開を始めた。
「敵、四本足より主砲の射撃を確認! 命中します……」
司令官が「防御指示」を出す前に敵の攻撃がマージの城壁に達し、各所で破壊音が連鎖して起こった。敵、四本足からの攻撃は苛烈を極め、胴体部の左右に設置された主砲に加えて全身に装備された火砲がマージの城砦を穿った。さらに四本足の背中とみられる上部からは攻撃術式を織り込んだ鉄の弾が射出された。それらは撃ち出されるや瞬時に槍に変形して、マージ砲やその他武器の射出口に向けて一直線に飛び、突き刺さって爆発した。
「し、司令……マージ砲、すべて破壊されました。その他、各兵装も敵の攻撃で……」
「な、ん、だと……」
「司令! 敵、四本足がマージ正面に肉薄します!」
四本足の正面、前足の肩部を覆う防具から巨大なドリルが姿を現して特異な音を上げて高速回転を始めた。それが左右でマージの城砦に突き立てられ、ガリガリと掘削を始めた。
「て、敵、四本足から伸びた巨大な掘削兵器が城砦の壁に穴をあけました。そこから、敵兵が多数、城砦内に侵入したとの報告が……」
次々ともたらされる報告に目の前が真っ暗になるベルニエール・ボトム司令官だったが、敵の侵入だけなら城砦内部の防衛システムで迎撃ができるのではないかと一縷の望みをヴェロニック・ベルナルド技師に託した。彼の目に映った彼女の顔は、真っ青で許しを懇願するものだった。
「ボ、ボトム司令……。システムは依然、敵性術式に乗っ取られたままです。むしろ、このままでは敵に防御システムを掌握され、味方に危害を与える怖れも……」
「神よ! おお、神よ! 私にどうしろというのか」
ヴェロニックは青い顔のまま、進言した。「恐れながら、敵にシステムを掌握されて利用されるくらいならば、いっそ凍結させてしまった方が……」
「バカな、そんなことをすれば」
「仮に、敵にマージが占領されたとしても、敵軍はシステムを利用できません。マージの火力が味方に向くこともありません。ここで、システム凍結の命令を行使できるのは司令官である貴方だけです」
右を気にかけて振り返り、或いは左の様子をちらちらと流し見ている間にも、城砦内に侵入した敵が次々と各所を制圧し、司令部に迫ってきていることが報告されてきた。司令本部のスタッフも今は画面よりも司令官の顔色を窺っていた。
齢五十五というボトムであるが、初老を思わせる顔をさらに老けさせたような表情を浮かべて、小声でうなった。
「致し方ない……」
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