ディアゲリエの本領
銀面の男にレイは吐き捨てるように言った。「甘く見ないでほしいわ。誰が魔王軍なんかに!」
「私はマージ攻略部隊の長を務めるランボルグ、そちらの赤備えはグレンザムといいます。ヴァイダムはお嫌いのようだが、我らがこの城砦を占拠するのを目の当たりにすれば、きっとあなたの考えも変わるでしょう」
ドドン、ドドン……とマージの砲撃音がレイのいる破壊された第八区画に鈍く響き渡る。それがレイを強気にさせた。
「いくら攻めて来たって無駄よ。外の敵はマージの大砲で粉砕、ここへもすぐに対処部隊が駆けつけるわ!」
「ああ、そろそろ頃合いかな……」
ランボルグが懐から取り出したものを見て、レイは意外に思った。「あら、ら! 魔王軍もタブレットを使っているとは恐れ入ったわ」
「安心しろ、ちゃんと使用料金を支払っている」
そう言ったのはグレンザムで、レイを拘束したまま赤いタブレットを出して見せてやった。どれだけ
「ルシファリア、グビラードは出せそうですか? 一気に目標を制圧します」
グビラード? おそらく敵の戦闘車両であろうが、それがどんな姿形であるのかはレイには予想がつかなかった。しかし胸騒ぎがした。
「気になるようですね。ルシファリア、あなたのタブレットでグビラードを映してくれませんか。囚われの姫君に我らの秘密兵器をご覧いただきたい」
「……?」
ランボルグがタブレットを操作すると、受信していた映像が空中に投影された。これは魔窓という機能で、アイホーク3から実装されている。レイはそこに映った人物を見て言葉を失った。それは黒い髪をした年端もいかない少女だったのだ。
「ランボ、準備は完了している。ほら、これで満足か」
ルシファリアはカメラを切り替えて背後にそびえる巨大な機械を写した。それは四本足のある動物の外観をしており、頭部には巨大な角がある。厳つい胴体部にはしっかりと武装がされており、しかもそのような巨大な兵器が少なくとも画面を見る限りでは三体並んでいるではないか。その小山ほどもある巨大な四足の機械はまるで本物の動物がするように足を踏み鳴らし、鼻息を荒くして、今にも突進しそうな雰囲気を醸していた。
「これこそはヴァイダムの兵器開発部による英知の結集。拠点制圧用の決戦兵器、
咆哮をあげて闊歩しだした三体の巨大兵器の姿を画面越しに見るしかないレイだったが、それでもマージの主砲が直撃すれば破壊できると考えた。だが、先ほどから主砲の轟音が著しく減ってきていることにも気が付いた。
「ま、まさか……」
「いかに我らの切り札とはいえ、巨人の直撃をもらうのはよろしくなくてですね。しかしながら、撃ち続けていればいずれ弾は尽きる。そこで車両群を囮にして弾を消費させました。あれらはグビラード建造の過程で出た端材で適当に組み上げた物を戦車に偽装して、最低限真っすぐ走るようにしただけのものです」
「本来ならば敵が外に集中している間に、シェランドンに城砦内部を案内させ、我らでマージの司令部を制圧する予定だったのだがな」
「少し騒々しくし過ぎました」
崩壊した第八区画の入り口側から複数の兵員の軍靴の音が響いてきた。ランボルグは小さな声でぼそぼそと何かをつぶやいて腕をかざすと、途端に床に散乱していた瓦礫の小さな破片に生命が宿った。それらは無機質な見た目ではあるが人の形に肥大化し、ぞろぞろと立ち上がって命令を待った。
いきなり沸いて出た瓦礫の兵団に驚くレイに再びグレンザムが説明した。
「ヴァイクロン兵だ。我らヴァイダムで力を得た戦士に備わる能力でな、魔力次第でいくらでも召喚できる。使用者によってその姿や能力は若干異なるがな」
うわっ、とレイはグレンザムに放り投げられ、その先に待ち構えていた三体の赤備えヴァイクロン兵によって再び身柄を取り押さえられた。
「レイ! 無事か」
「隊長⁉」
第四中隊の兵員を引き連れ、第八区画で起こった爆発とレイの捜索に来たのは中隊長のエルリックであった。
「隊長、魔王軍に侵入されました! わたしには構わず攻撃を‼」
「まかせておけ。総員、攻撃開始!」
「ヴァイクロン兵、かかれ」
ヴァイクロン兵が腕を振り上げて一斉に襲ってくるのを第四中隊の兵員達は小銃を撃ち放って応戦した。被弾したヴァイクロン兵はあっさりと破壊され、次々と元の瓦礫に戻っていった。だがヴァイクロンは瓦礫の数だけ生まれており、弾幕を抜けて肉薄するやたちまち激しい格闘戦が展開された。
ところがその中にあって隊長であるエルリックは別格の動きを示して敵味方を圧倒した。すでに壮年を迎えた黒人の男であるが、体力は衰えを知らず、小銃を打撃武器に見立ててヴァイクロン兵を打ち据え、次々と瓦礫の山を量産した。
そんな隊長の健闘ぶりに発奮された他の四中隊の兵員達も果敢に戦い、あっという間に降って湧いた雑兵共を蹴散らして見せた。
「ブラボー! さすが」
「動くなよ、レイ」
エルリックは小銃を構えておもむろに激発すると、レイを拘束していた赤備えのヴァイクロン兵がきれいに吹き飛んだ。レイはすぐにその場から離れ、仲間が放ってよこした小銃を受け取ると、残った敵二人に武器を指向した。「これまでよ! 降伏しなさい」
「やれやれ、思い通りにはいかないものだね」 ランボルグは観念したとも取れる態度でつぶやいた。「まあ、こういう場面があった方が私は楽しくていいのですが」
「あの黒人の男」 グレンザムは隊長のエルリックを見て言った。「思い出した。一〇一四年、ルティの解放戦を指揮した男だ。なるほど腕が立つわけだ」
「何を勝手に喋っとるか」
エルリックが大声を上げた。「武装を解除して投降しろ。さもなくば撃つ。言っておくが、この小銃には対魔王軍仕様の特殊弾丸が装填されている。貴様らご自慢の
「隊長。私は魔王軍の中でも戦闘は苦手でしてね、いつも仲間に守られてばかりです。だが、そんな彼らに私が見放されないでいるのは、軍師としての才能を買ってくれているからです。この状況で王手をかけているのは貴方達ではない。我々です」
「無駄口はそこまでよ。ついでに外の化け物の動きを止めて、ルシファリアだったかしら、あの子にも一緒に投降を促すのね」
「シェランドン、いつまで寝ている! 早く仕事をしないか‼」
赤鎧の叫び声にレイ、エルリック他、魔王軍を包囲していた者たちは一瞬虚を突かれた。彼らの見ている目の前で、ずっと死んでいると思われていた白い鎧の大男がむくりとその身を起こしたのだ。
その手には真っ赤に魔力が充填された大剣が握られていた。
――まずいっ! レイが思うのと同時に大男の剣がマージの石床を叩いた。
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