戦闘開始

 砲塔を携えた車両が砂塵を巻き上げ、地平線をけむらせた。画面越しにそれらが無言で前進する様子を眺めているレイであったが、いよいよ戦いが始まる緊張感に武者震いを抑えられずにいた。

 マージ司令部の広い作戦室では正面に巨大な画面が据え付けらえており、細かい機器や計測器などが配置された操作盤を数十の隊員が同時に操作し、状況を逐一司令官へ通達している。マージの城砦は歴史こそ古いが、指令室は近代設計が存分に取り入れられた作りになっており、まるで石の牢獄のようだった隊員居室とは根本から違っていた。


「敵、車両群の先頭が第一防衛線を超えました」


「よし、巨人砲一斉掃射だ。一つ残らず吹き飛ばしてしまえ」


 マージ防衛司令官であるベルニエール・ボトム一佐はすでに初老であるにも関わらず、威勢よく腕を振るって迎撃の命令を発した。レイはボトム司令官の経歴については詳しく知らないが、彼のこの態度を見る限り、それなりに戦場をくぐった古強者というエルリックの言葉を思い出して再評価した。命令が下達されるや、副官らによる復唱がなされ、それが司令部から離れた主砲部隊に有線式通話機を通して伝達される。

 数秒の間があってから、城砦内に盛大な主砲の発射音が轟き、衝撃は司令部まで届いた。このマージに据え付けられた合計九門もの大型魔力砲こそ、司令官ボトムが傑作だと豪語する兵器であった。マージは旧世界の魔王軍の巨人型兵器であったものを、現在の技術である程度の機能を復刻させて運用している城砦である。巨人を歩かせることは不可能だったが、その頑強さは健在であり、魔力を通せば防衛システムを起動させることは可能だった。そのシステムに現代兵器を連結させることで、この巨人砲と呼ばれる大砲は強力な威力を誇るのである。

 主砲の第一波が着弾すると、すさまじい爆発が進軍していた魔王軍の車両を吹き飛ばしていき、その威力を存分に物語った。電撃戦が主流となりつつある現代において巨砲など時代遅れだとレイは考えていたのだが、この迫力を目の当たりにすると、これもありなんだと考えた。


「敵車両群、何台かは突破してきます。続いて敵車両の第二派が防衛線を超えます」


「主砲を打ち続けろ。第二防衛線に近づく敵に関しては左右連装砲で打ち払え」


 巨人の上半身と揶揄されるマージの外観である。司令部のある場所は頭頂部であり、胴体部に主砲を始めとする魔力管制された各種兵装が施されている。その中で最もマージを巨人と言わせしめているものが、左右の「腕」に当たる部分である。これは胴体部から腕を九十度曲げたような形で付けられており、人間の手に当たる部分が連装砲となっている。腕自体にも多数の兵器があり、これらが左右で同時に火を噴くと、ようやく近づいたと思った敵車両はあっけなく焼き払われてしまった。

 その様子を間近で見たレイは、この要塞は近接戦闘で格闘することも可能ではないかと本気で考えた。


 それでも敵の攻撃は繰り返され、その度にマージはそれらを焼き払った。最も城砦にまで近づいた敵車両からの攻撃を受けることはあったが、マージの厚い城壁に傷をつけるものではなかった。

 レイは指令室の片隅で防御システムを監督しているヴェロニックの様子が気になり、側に近寄った。


「何かあった?」


「変な反応があったわ」 ヴェロニックは自身に貸与された座席に設けられた端末を操作し、画面を見ながらつぶやいた。「誰もいないはずの第八区画で何かが動いたような形跡が記録されているの。ネズミかもしれないけれど」


 第八区画と聞いてレイはマージの構造から場所を推測した。ここへ来て半年になるが、建物内には外来部隊の立ち入りを禁止している区域もあるため、全貌は把握しきれていない。あと、ネズミは普通に多い。

 ヴェロニックは画面に城砦の地図を表示させてレイに「ここよ」と場所を示してから、ボトム司令官にこの件を報告した。


「アルジュリオ士長、ちょっと行って見てこい。ネズミがいたのなら、その場で駆除しろ」


 戦闘に余裕があるせいか、司令官は意地の悪い笑みを浮かべてレイに命じた。その言い方に一瞬はむっとしたレイであったが、本部にいてもやることがないので、素直に言うことを聞くことにした。

 腰に下げた拳銃と弾薬、短剣を確認してから指令本部を駆け出した。


 先進的な建設様式である指令室から少し離れると、マージはすぐにその歴史を感じさせる石造りの通路に変わる。あの指令室を見た後で巨人の内部がここまでかび臭いとは信じられないくらいである。むろん空調など効いておらず、石肌を通じて空気は切れるほどに冷たい。問題の第八区画に向かう間にもマージからの砲撃は続き、轟音が響くたびに通路が小さく揺れた。時々天井からぱらぱらと砂がこぼれるのを見て、レイは砲撃で巨人マージが自壊したらさぞかし間抜けなことだろうなと想像した。

 階段を降り、狭くて入り組んだ通路を進む。問題の区画に近づくと明かりも切れかかっていて薄暗くなっていた。レイは自分の懐中灯を取り出して前方を確認しながら進まねばならなった。


「!」


 咄嗟に下げた頭の上を何か大きな塊が高速で通り過ぎた。危険を感じたレイは素早くその場から離れ、自分を襲ったものの正体を見極めようとした。


「ふっ、ふっ、ふっ……。おまえが来てくれるとは、なんと僥倖なことよな」


「誰か」


 レイは拳銃を抜き放って両手で構え、声のした方へ指向した。薄暗い闇の中からのっそりと、大きな男の姿が灯り下に現れた。「あなたは……?」


「覚えていてくれたのならば嬉しいぜ、アルジュリオ士長。元マージ守備隊のマキシム・ヴィガン二尉よ」


 大きな体を包む白い鎧がさらに男を肥大化させて見せている。金髪を立たせ、顔には隈取りが入っており、不敵な笑いを浮かべていた。だが姿形は異様でもレイはこの男をはっきりと覚えている。かつて自分にカラテの勝負を挑んできてこてんぱんにし、その次の日にマージを去って行った男だ。


「助っ人に来てくれたわけではなさそうね、ヴィガン二尉」 レイは銃口を向けたまま詰問を繰り返した。「そのふざけた格好はなんだっていうのかしら! まるで魔王軍みたいだけど」


「俺は魔王ハジュンに選ばれ、力を手に入れたのだ。見ろ」


 男は拳を突き上げると、その上に稲妻をまとった星が現れた。「これこそは魔王軍で戦士と認められた者に与えられる魔星、冥雷星! 今の俺は魔王軍の戦士ディアゲリエ、雷撃の大剣使いシェランドン様よ!」


 レイは迷わずに銃を発砲した。シェランドンはぐわっと声を上げると、思わずのけぞった。

 この男がどこから侵入したのかは聞くまでもない。マージには万が一の時のために秘密の脱出経路がいくつか用意されているのだ。元守備隊の幹部階級であった男ならばそれを知っていてもおかしくない。

 今はそんなことよりも目に見えて分かっていることがある。


 ――この男は危険だ!


 レイは弾倉が空になるまで激発を続けた。


「……!」


「なんの迷いもなく人に向けて弾を撃てる度胸は大したものだ」 ぱらぱら、とシェランドンの開いた手掌からレイが撃ち放った弾丸がこぼれた。「残念だったな。魔王軍の戦士に銃弾など通じるわけがないだろう」


 コキコキと首や拳を鳴らし、シェランドンは傲岸な態度を露わにしてレイに近づいた。「さあ、あらためて試合の続きをしようじゃないか、アァルジュウゥゥゥリオォォォ」

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