魔王軍ヴァイダム
マージの城砦から東に展張されている防衛圏内に足を踏み入れるか、入れないかという場所に男が立っていた。炎を模して片目を覆うマスクからのぞかせた顔は銀色に光っており、それが化粧であるのか、地肌であるのかは知れない。突起の付いたいかつい装甲をマントにくるみ、鋭利な刃を尖端に据えた長い錫杖を手にもって、男はマージの方向を眺めていた。
この奇異ないで立ちこそが魔王軍の戦士でディアゲリエと呼ばれる者である。彼らは人々が恩恵を受ける魔法文明の裏方で悪意に魅入られ、魔王ハジュンを絶対的な象徴として崇拝し、この世を闇に落とすことをためらわない地獄の軍団であった。
そもそも魔王軍とは、その昔この世に出現した魔王ハジュンが地上侵攻に際し、自らの手駒として力を分け与えた人間によって構成された悪の軍団である。人類がレアンシャントゥール(魔法使いの復活)で再び魔法の恩恵が受けられるようになった背景には、魔王が復活したのではないかとの声が当然のごとく噴出したのだが、それよりも魔法による利益と富国強兵を夢見た当時の権力者たちによって、その危機感は度外視されてしまった。
たとえ魔王が出てきたところで、力を得た人類が逆に魔王を倒してしまえばよいと考え、後に襲い掛かってくるであろう脅威から目をそらしたのである!
事実としてレアンシャントゥールが勃興した当時はエーテリア大陸の列強国が我先に自軍を強化しようと、安易に粗製乱造された魔法の術式を軽々しく用いたことで事件や騒動が相次ぎ、それらは深刻な社会問題となっていた。
正しく安全な魔法の使い方を啓発するための世界魔法使い組合、通称ギルドが発足して魔法の管理が徹底されるようになるまでは、不法に肉体を改造されて怪物化してしまった人間や動物、得体の知れない術式によって汚染された地域などが後を絶たなかった。またギルドが誕生してからも彼らの多くは救済が施されず、放置されているのが現状であった。
ここに目を付けたのが魔王軍であり、本当に魔王ハジュンが甦ったのかは知られていないが、新世紀における魔法文明の深い暗部に「取り残されたモノ達」を自軍戦力として次々と取り込んでいったのである。
社会や国家、何よりも家族から見捨てられ、悲嘆する彼らの黒い怨念は計り知れず、そこへさらに魔王軍独自の闇の力を与えられることで彼らは強大な魔力を持った戦士となる。謎に包まれたこの凶悪な集団は現代版魔王軍として旧世界のものと差別化を図るためか、自らを魔王軍ヴァイダム(旧世界ではジャハンナムと呼ばれた)と名乗り、方々で暴れ回って悪名を馳せたが、その規模も拠点も知られていなかった。
それでもヴァイダムの行動は限定的であり、多くの者にとって彼らは小規模なテロリスト集団という認識であったが、新世紀一〇一五年に老兵院の惨劇と呼ばれる大事件を起こして一躍その悪名をエーテリアに轟かせた。
そして新世紀一〇二七年の初頭には各国に対して宣戦布告を出した。誰もが威勢だけだと軽んじていたが、声明後に西方社会の小国をあっという間に飲み込んで支配するのを目の当たりにすると、恐怖が大陸を蹂躙した。
その兵力がすでに国家に匹敵することを重く見た列強国はランスとグランディアを中心に連合軍を組織し、これに対処した。
マージの城砦を眺めていた銀面の男は、後ろに立っている男に話しかけた。「見なよ、グレンザム。あの異様な外観をした城砦を! かつてこの地であった魔王軍と機罡戦隊の戦いに用いられた、ジャハンナムの秘密兵器をそのまま城砦に転用したという話だが、本当に巨人の上半身を埋めて作ったようだね」
全身を赤い鎧に包み込み、背中に巨大な火器を装備したグレンザムと呼ばれた男もまた感心したようだった。「あんなものが本当に動いていたとは、旧世界の魔法文明は恐ろしいものだな、ランボルグよ」
「ああ、全く信じられない」 好奇心が抑えられないという様子の銀面の男、ランボルグは饒舌に語った。「ジャハンナムの技術に比べれば、我らヴァイダムはなんと小さく、非力なものだろうか。ほら、我々が今、マージから身を隠すのに利用しているこの小高い山や、あちらの丘陵も、巨人の骸だというのだから驚きだね」
「伝承では、たしかガドーンにドゥシエナだったな。こんなものを破壊し、勝利するとは、強かったのだな機罡戦隊は」
「ああ。彼らが従える機罡獣は人知の及ばぬものだ。そんなものに復活されれば、我らの目的は大きく隔てられてしまう」
「魔王軍の戦士に仇なす、機罡戦隊か」
「君も昨年の、プルーアでの作戦は知っているだろう。獅子型機罡獣の捕獲作戦だ」
「確保する寸前で獅子が使役者たる戦士を得て復活。まさかヴァイダム最強と言われた第二十九師団が壊滅させられるとはな」
「我々にとって救いなのは、現世におけるカノンの機罡獣は、まだほとんどが休眠状態であることだ。それを見越しての今回の作戦だが、ルクセイアの方は順調だ。半年も時間をかけたのだから、失敗は許されないぞ、グレンザム。さあ、部隊へ打診してくれ。この後、〇七一五を以て攻撃開始とする」
「腕が鳴るな」
赤備えがうなずくところに割って入ってきた男がいた。「ランボルグ! ようやく攻撃の時が来たか! 約束通り、先陣はこの俺が行くぞ。文句はあるまいな」
騒々しくを大声上げるのは、こちらも全身を鎧で装備しているが、それらは主に白銀に彩られており、グレンザムの赤と並ぶと大いに際立って見えた。図体は彼らの中で頭一つ抜けており、威勢を誇示した。顔には隈取が施されているが、白人の男らしく、異様な面体であるこの中では最も人間のように見えた。金色で毛量の豊富な髪の毛を根元から立たせているが、先端は稲穂のように垂れている。
ランボルグはそんな男を元気づけるように言う。
「ああ、シェランドン殿。我らの試練によく耐え、魔星の力を克服したあなたであれば、一人でマージを灰燼に帰すことも可能であろう。存分に戦働きをされるがいい」
「ぐわっはっは! かたじけない、お二方。まったくハジュンの力は素晴らしい! 忌々しい四中隊の連中を一人残らず皆殺しにしてくれよう。なあに、万が一にも失敗することなどあるものか」
豪快に笑い飛ばしながら、シェランドンは部下の機械人形が運転する巨大な三輪車両にまたがり、出撃準備を整える機動兵器群の方へ去っていった。
「あの男、作戦の趣旨を理解しているのか」
「そう邪険にするなよ、グレンザム! 彼もまた我らと同じく魔王ハジュンの意志に選ばれ、ヴァイダムの魔戦士として能力を開化させたのだ。今回の作戦を成功させる
グレンザムは葉巻を取り出し、赤い
ランボルグもグレンザムに倣って懐から自分の煙草を出し、彼の指先の炎で火をつけると、二人してふーっと煙を吹く。この銀色の顔をした男は手元にある懐中時計に目を落としてから、質問の答えを待っている赤鎧の男にニヤリと笑みを手向けた。
「時間だ。攻撃開始」
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