第15話 私にとって初めての味

「…………っ!!」


 私は一口食べた瞬間、あまりの美味しさと感動に打ち震え、思わず身悶えていた。

 

 ……世の中にはこんな美味しい食べ物があるんだ!


 卵は見たままの印象の通り、とてもふわふわで、口の中で自然と溶けていく。かかっている茶色のソースと合わせて、優しい口当たりなのに、頭にがつんと来るような美味しさだった。

 クルトやこれを教えてくれた男爵令嬢の子には聞けていなかったけれど、どうやらオムライスの中に入っている混ぜご飯は赤みがかったオレンジ色のケチャップライスなようだ。こちらもいつも食べている料理たちより濃い味付けだけど、とても美味しい。

 

 私は二口、三口とスプーンを動かす。食べるまではあんなに躊躇っていたのに、一口食べてしまえば、私はオムライスに夢中になっていた。

 私の今までいた所では決して食べれないような味の料理に、普段食いしん坊キャラとかでは全然ない筈なのにスプーンが止まらない。


「良かったですね、クルセイド様。わざわざオムライスの味つけがサーシャ嬢好みになるようにこのレストランの厨房に要望を入れにいってましたもんね。普通に味つけしたら、普段のサーシャ嬢の食事より絶対しょっぱいだろうからって」

「……お嬢様がせっかくアルテミス帝国の料理を好きになってくれそうな時に、余計な雑音になる情報を話すのはやめろ」

「え? 別にこのぐらい良くないですか? ……さっきの話の流れでスプーンを取った姿とかを見るに、サーシャ嬢って攫われてきた割に、案外クルセイド様の事を悪くは思ってはいなさそうじゃないですか」

「俺は純粋にお嬢様にオムライスを味わってほしいんだよ。お嬢様がずっと食べたいと言っていた料理なんだからな」

「はぁ、そすか……あーあ、マフィアの純愛とか絶対流行んねぇ」

「安心しろ。俺はお嬢様に優しいだけの男ではないさ」

「それはそうでしょうね。そうじゃなかったらこんな所まで誘拐なんてしてくる訳ありませんもんね」


「…………」


 クルトとオズさんの会話は全部まるっと聞こえていた訳だが、わざと無視してロイヤルミルクティーとやらを一口飲んだ。

 こちらも濃厚なミルクの味わいと普段飲んでいるものとはまた違った茶葉の風味が非常に美味しい。こういうミルクティーの淹れ方もあるのかと、大変勉強になった。


 ……クルトが、私の食の好みまで考えてくれて、色々手配してくれていたようなのは純粋に嬉しい。

 それに、さっきのようなクルトの過去の話を聞けたのは初めてだが、クルトの言う所の「虚像」ではない部分のクルトの事を知れたみたいで、正直嬉しくなった。


 でも、そういう感情を正直に表に出すのはあまりにも自分にとって不都合なので、私は二人の会話を聞き流す振りをしていたという訳である。


 このままクルトと一緒にいたら、クルトの事をたくさん知れたりするんだろうかと一瞬思ってしまうが、そんな自分の思考を必死に振り払う。

 ……私は何を考えてるんだ。自分自身のあまりにもちゃんちゃらおかしい思考に吐き気がする。

 私はリングライト修道共和国のフローティス家のサーシャだ。本来なら今は家の為の結婚をしていなくちゃいけない時なのに、こうして呑気にオムライスを突っついているのも罪悪なぐらいである。


 ……それでも、今だけは。

 クルトが私を想って用意してくれた、この朝ごはんを味わっていたい、かもしれない。

 食事に対して感謝せず味わって食べない事はリングライト修道院の教義にも反するしね……などと、日頃そこまで熱心に信仰心がある方な訳でもない癖に言い訳のように思う。


「あ、そうだ。クルセイド様、サーシャ嬢にご自身の立場とか、今後サーシャ嬢がアンダーボスの女として遭遇するであろう事への注意事項とか、今日合流するリンナの事とか、色々説明した方がいいのでは?」

「もちろん、お嬢様が食べ終わった後にちゃんと話すよ」

「……クルセイド様、どんだけサーシャ嬢にオムライスを味わって食べてほしいんすか。リンナの事は特にちゃんと説明しないと絶対、後々面倒な事になるっすよ」


 二人の会話を尻目に、私がまたスプーンを握り、オムライスに向き合っていた時だった。


 この場に、恐らくクルトもオズさんも予想していなかった人物が現れた。

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