第14話 クルトとオムライス

 そして今、まさにクルトの言った奇跡が起きている訳だが、正直困惑が止まらない。

 というか、私は一応フローティス家の人間な訳で、ここにいる事がもしレゾナンス領側の人間にバレたらものすごく大変なおかつ面倒な事になるのではないだろか。大丈夫なのかこれ。


 私は目の前にある、ふわふわの卵がたっぷり使われたオムレツのかけられた混ぜご飯を、スプーン片手に見つめていた。

 オムレツの上には若干黒みがかった茶色いソースがかかっているが、クルトが言うにはデミグラスソースというらしい。こちらもあまり見た事がないが、何だか美味しそうだ。


 横にはすでに淹れられているストレートの紅茶にミルクを入れる「ティーウィズミルク」で作られたミルクティーではなく、ミルクにそのまま茶葉を入れて紅茶として淹れる方法で作られた「ロイヤルミルクティー」がある。このロイヤルミルクティーというものは初めて知ったが、オムライスと一緒でセミフィリアにはあるがリングライト修道共和国ではそこまで広まっていない、異国の料理だ。


 自分がセミフィリアにいていいのかとか、行われる筈だった結婚式にも出席できなかったのに呑気に美味しそうな朝ごはんを食べていて良いのかという気持ちはどうしても拭えなかったが、ずっと食べたかった未知の料理を前にして、胸のドキドキが抑えきれなかった。


 ……でも、ここで美味しく食べてしまったら、何かに負ける事になるような……!?

 私はスプーンを片手に持ちながらも、料理を食べないまま、プルプルと体を震わせていた。


 そんな私を見かねてか、クルトが口を開く。


「……お嬢様、俺は実は、あの時お嬢様に話を聞く前から、オムライスを既に知っていました」

「そうだったの」


 ……何を言い出すかと思ったら、そういう話か……。

 確かにクルトはリングライト修道共和国の人間ではなく、異国の人間だった訳だから、異国の料理であるオムライスを知っていてもおかしくはないかもしれない。

 しかし、クルトの話は私の考えとはまた違う方向性のものだった。


「オムライスは、俺の故郷にもある、俺の母親が唯一作れる料理だったんです」

「………クルトの、お母様が?」


 それは私が初めて聞く、クルトの身の上話だった。


「ええ。俺の母親は非常に不器用でしたが、そんな母親でも美味しく作れるような、料理初心者でも取っつきやすい料理なんです、これは。俺の家はそこまで裕福ではありませんでしたが、庶民の間では特別な日に食べる料理で、俺は誕生日の度にオムライスを食べていました」

「クルトにとって、ひょっとしてオムライスは特別な料理なの?」

「そうかもしれませんね。だから、お嬢様があの日、オムライスを食べたいと言ってくださって、正直嬉しかったですよ。それと同時に、寂しさも覚えましたが」

「え、何で?」


 私は思わず気になって聞いてしまう。


「お嬢様はオムライスを生涯食べれなくてもいいと仰っておりましたから。俺の思い出の料理をお嬢様が食べられないとお話しされている事は、俺にとっては複雑でした」


 ……それはまるで、私に自分にとっての思い出の料理を食べてほしかったとストレートに言われているようで、私は驚いてしまう。

 いや、まるでも何も、クルトの言い分を素直に受け取るなら、そうとしか聞こえない言葉なんだけど。


 クルトが私に対してそんな事を思ってくれていたなんて、ちょっと……いや、正直に言えば、かなり嬉しい、かもしれない。本当ならそんな事を思ってはいけないのに。


「クルトがあの時そんな事を思っていたなんて、私、全然知らなかったわ」

「あの時のお嬢様に俺がそんな事を言う訳にはいきませんでしたから」


 それはその通りだろう。クルトは自分の身の上を隠していた訳だから。

 あの時点のクルトがオムライスなんていうリングライト修道共和国ではまだ全然広まっていない料理を知っていたら、流石の私も違和感を覚えていた所だろう。


「確かに、クルトはアルテミス帝国から来た事とかも隠していたものね」

「えぇ。本当はあの時、お嬢様に言いたかったんですよ。オムライスを、いつか俺の手で食べさせて差し上げたいと」


 ……これは、そんなにクルトにとって特別な料理だったんだ。

 ただ単に美味しそうだと興味を持っていただけのオムライスに、それとは別の、特別な思い入れが湧いてくる。


 そして私は、クルトの話を聞いている内に気づけば自然と、ふわふわした黄金のオムレツの部分にスプーンを差し入れ、オムライスを口に運んでいた。

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