第13話 過ぎ去りし夜の談話②
クルトは「こちらは軽くつまめるお茶うけです」と言って、私の前にクッキーの皿をそっと差し出しつつ、話題を元に戻す。
『セミフィリアとは、レゾナンス領の中にある町ですよね? あの、貿易を中心とした商売で栄えている事で有名な』
『そうよ。私はね、実はあの町の事が実は嫌いじゃないの。行った事はないけれどね』
『それはまた、どうしてですか?』
『経営の仕方に無駄がないからよ』
私はクルトのくれたクッキーを『ありがとう』と言って食べつつ、何と伝えたものかと、口に出す言葉を探り探り考えてく。
このクッキーは甘さ控えめで、夜に食べても太る心配もなさそうな食べごたえで良い。やはりクルトのお菓子選びには信頼が持てる。
『あの町はどんな国で生まれたものだとしても、良い商品であれば、余計な先入観もなく受け入れられるの。このリングライトではそれは珍しい事でしょう?』
『……お嬢様、それは』
クルトは困ったように口ごもるが、私の発言を否定する雰囲気ではなかったので、そのまま喋り続ける。
『セミフィリアからやってきて、国全体に発展した文化も多くてね、その男爵令嬢が言うにはルイボスティーもその一つらしいわ。あの町がなければ、このリングライト修道共和国はもっと閉鎖的な文化の国になっていたに違いないわ』
『……お嬢様……』
クルトが困った顔をしているのに、ついつい熱っぽく語ってしまうのを止められない。
『私は良い文化が適切に広まらないのは、罪悪だと思っているわ。私がルイボスティーを飲み続けているのも、そうする事で少しでも庶民の間だけでなく、貴族社会にもこのお茶が広まる事を祈っての事なの』
『……お嬢様。私の前だからいいものの、他の人間の前で明け透けにそういった事を語るのはやめた方がいいでしょう。お気をつけてくださいね』
『私は人を選んでいるわ。クルトならこの話をしても受け入れてくれる気がしたの』
私はクルトを見つめてにっこり笑う。今となっては突っ込み待ちかもしれないが、その時は私は姉様ほどではないけど、多少は人を見る目はあるつもりで彼にこの話をしていた。
クルトは押し黙ったまま、視線を反らした。恐らく、クルトにも何か思う所があったんだと思う。
しかし、確かにいつまでもこういう話を続けるのも危険ではあるので、私は話を変える事にした。
『まぁでも、そういう私の思想みたいなのは抜きにして、一回セミフィリアには行ってみたいわ。その男爵令嬢の子が言っていたのだけど、「オムライス」っていう美味しい卵料理を出す、素敵なレストランがあるんですって。是非とも訪れてみたいわ』
『……お嬢様はあの料理を食べたいのですか?』
クルトは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。
その反応を不可解には思いつつ、私はオムライスについて更に語る。
『……? ええ。その「オムライス」って料理はとても美味だそうよ。女性に人気があるそうだけど、卵をふんだんに使うから、中々この国全土に広めるのは難しいみたい。セミフィリア内でもオムライスを扱うレストランは一軒しかないそうよ』
クルトの言い方に違和感を覚えつつ、私はオムライスの説明をした。
元々この国は上層部にいるリングライト修道院の戒律の影響で、菜食主義だ。卵や肉などの動物性食品を食べるのは最低限で、必要以上にたくさん摂取するのは好まれない。
だが、オムライスは卵をたくさん使う事でふわふわのオムレツを作り出すお料理なのらしい。正直、今まで少量の卵で作られた薄焼きのオムレツしか食べた事のない身としては一度食べてみたい料理ではあった。
『確かにそういった料理がこの国に広まる事は難しいでしょうね。いつか奇跡でも起きて、セミフィリアに行けて、お嬢様がオムライスを食べれる日が来るといいですね』
『……別にいいのよ、私は。フローティス家の平穏を乱してまで、行こうとは思わないから。別に生涯オムライスが食べれなくてもそれはそれで仕方がないわ』
『お嬢様は、本当に良い方ですね。ご自身の生き方として、それが染み付いてしまっている程に』
クルトの言葉に込められた意味はその時の私には分からなかったが、恐らく肯定なニュアンスで言った訳ではないのかもしれないな、とは流石に感じ取っていた。
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