第11話 「クルト」という人間について

 今のクルトは私にとって得体の知れない存在になりつつあるのだが、そもそも今思えば元々クルトはフローティス家で私の専属使用人をしていた頃から、自分の事をそこまで語るような人物ではなかったように思う。

 出身についても聞いた事はなかったし、どこで育って、これまでどういう人間関係を築いてきて、どういう思い出を抱えて生きていたかという話もあまり聞いた事がない。


 誰に対しても深くは踏み込まず、誰に対しても深くは踏み込ませない。それがクルトという人間だった。


 クルトがそんな存在でも浮かなかったのは、重ね重ね言うように、フローティス家当主である私の父様がどこにも行き場所のない訳アリな人を優先して雇うような底抜けのお人よしだった為である。

 純粋に働きたい意志はあるけど他に行ける場所がない人たちに、フローティス家で仕事の場を提供するのは悪い事ではないとは思う。今思えば本当に怪しい人は姉様が上手い具合に弾いてくれていたし……やっぱり真のフローティス家の門番は私ではなくて姉様なんじゃないかと思えてきた。


 しかし、その姉様の目もかいくぐるような人間がフローティス家に入ってきてしまったら、打つ手はもうないというのを完全に失念していたのが、今の状態という訳である。

 これまですごすぎる姉様の力で上手く行き過ぎていたのが逆に警戒心を緩くさせてしまっていたのか、私達が呑気すぎたのか。多分両方かもしれない。

 クルトは我が家に3年も仕えていてくれていた中で、私達から見ると全く不審な動きはなかったが。正直、疑うどころか、心から信頼してしまっていた。もっと気をつけて彼を見れていれば何か違ったんだろうか。


 クルトは本人の言い方を聞いている限りでは、我が家を狙うというよりはリングライト修道共和国の内部に潜入する事を目的で我が家に狙いを定めたようだった。

 フローティス家は一応伯爵家なので、他の有力貴族や商人たち、場合によってはリングライト修道院の方とも交流があるし、確かに内部に潜入出来たら色々と暗躍が出来るのは間違いない。

 クルトは特に私の専属使用人だったから、私が行く社交の場に同席する事もあり、他の使用人よりも格段に幅広く悪い事がしやすかっただろうというのはあった。


 クルトが何をしたかったかというのは分からないけど、本当ならそれを探り出して、場合によってはリングライト修道共和国の最高会議で報告する必要はあるんだろうと思う。本当に場合によっては、国家の危機になる可能性もあるのだから。(ちなみにリングライトは共和国なので政治を貴族全体で行っており、王族などといったものは存在しない。その代わりにうちの国を本拠地にしているリングライト修道院がかなりの発言権を握ってはいるのだけど)

 しかし、私はリングライト修道共和国の全体の事よりも、自分の家であるフローティス家の進退の方を大切にしてしまうような浅ましい女なので、今、クルトの思惑を探るなんていう時間のかかりそうな事は優先するつもりはなかった。とりあえず真っ先に自宅に帰還して、政略結婚を無事に完遂させる事を頑張りたい。


 ……私の人生は、フローティス家とそれに仕える者たちの繁栄の為にあるのだから。


 これは私だけが特別なのではない。他の国以外の国の事は分からないけど、少なくともリングライト修道共和国の貴族の子息子女達は家の為に生きている。お姉様のように自由に生きる事の出来るタイプの人もいるけれど、あの人は特別だ。


 だから私は早く家に戻らないといけないのだが。本当にそうなのだが。


 ……何故か今、私はクルトとオズと一緒に、ずっと行きたいと思っていたレストランにて、ずっと食べたいと思っていたとある料理を目の前にしていた。


「お嬢様はこれがずっと欲しかったんですよね?」

「…………」

「サーシャ嬢に一々やたらと意味深な事を言わないと死ぬ病気にかかってるんですか? サーシャ嬢が困ってるじゃないですかー」

 

 いや、私が困っているのは、もしかしたら一生行けないかもしれないと思っていた、念願のレストランに行けた事が正直嬉しいのに、今の状況的に素直に喜べない事なのだが。

 本日は、本当なら結婚式だった日からもう既に一日も経ってしまっている訳だから、こんな所で呑気に時間を浪費している場合ではない。


 今現在、私はフローティス家と関係の悪いとある伯爵の保有領・レゾナンスにある町・セミフィリアにて朝ごはんを食べている所だった。

 クルトが寄ると言っていた町はそこだったのだ。私はセミフィリア自体、ずっと行ってみたいと思っていたし、このレストランでのみ食べれるとある料理に確かに憧れがあった。


 しかし、当然ながらフローティス家と仲がよろしくない貴族の土地になんて行ける筈がない為、行ける訳がないと諦めていたのだ。

 だから、クルトから仲間との合流に使う町がここだという話を聞いた時は「まさか」と本当に驚いた。

 この町に足を踏み入れた時、私は内心色んな意味でドキドキだった。


 昨日私達はセミフィリアにつき一晩宿でゆっくりした後(クルトとはまさかの同室だった。色々大変だった)、本日、こうしてこのレストランにて朝ごはんの為に集まった訳だが、まさかこんな展開になるとは。

 本来なら昨日行われる筈だった結婚式は今頃どうなっているのだろうか、と大変心配な気持ちはあるけれど、それはそれとして目の前の料理に目が奪われてしまう。


「お嬢様、俺が勝手に注文してしまいましたが、前に話してくださったお嬢様が食べたいと言われていた料理はそちらで間違いありませんよ。お口に合うと良いのですが」

「……うう」


 ……クルトはどこまで、意図しているのだろうか。

 セミフィリアに憧れがあり、そこにあるレストランに行ってみたい、そしてこの料理を食べてみたいとは、確かに昔、言った事が一度だけあったけれど。


 あんな些細すぎるやり取りを覚えていてくれたなんて、私は思っていなかったのだ。


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