第9話 牧歌的な草原の物騒な一行②
「クルセイド様、お嬢様に「組織」についてとか、ご自身の立場について、ある程度説明しておいた方がいいんじゃないですか?」
「そうですね、拠点につく前に説明しておいた方が色々と都合がいいでしょう。心構えはしていてもらうに越した事はないですからね」
「……分かった、聞かせて」
私は「今後マフェアの拠点で過ごす為に必要な知識」など、自分の気持ち的には聞きたくなどなかったが、現実問題それがないと今後の自分が困る事は分かっていた。
状況を受け入れたくはないが、受け入れざるを得ない。それが今の私だった。
クルトは「お嬢様は賢明ですね」とくすりと笑い、馬の手綱を改めて握りしめた後、口を開いた。
「俺たちの所属している「組織」はアルテミス帝国の裏社会にて存在しつつも、国家から公然の秘密として認められている、国の中で一番大きいマフェアです」
「国からの依頼を受ける事も結構ありますし、アルテミス帝国国家はマフェアを撲滅するよりは上手く利用するという考えなんですよね」
それは何というか、良くも悪くも。
「リングライトと比べると大分考え方が柔軟な国なのね」
「そこでそう捉えるのは、サーシャ嬢はリングライトの貴族のお嬢様としては結構変わってるんじゃないですか?」
「当たり前でしょう。俺が気に入って攫ってくるぐらいですからね」
「それは確かに」
「変わっているといわれても、これからお世話になる隣国の事だから、きちんと私自身の判断基準を大事に捉えていきたいわ。というか、リングライトの貴族令嬢にどんなイメージを持っているの? 皆、私と同じような子たちよ」
「オズ、これはお嬢様の前では皆いい人のような顔をするからなんですよ。お嬢様のようなタイプの善人の前では皆、善人の皮を被りたくなるようです」
「は~、世の中にはそういうタイプの人間もいますよね。この人の前では良き自分でいたいみたいに思える人。クルセイド様はそんなサーシャ嬢の前で悪人的行為を昨夜からしまくってますけど」
「俺はむしろお嬢様のそんな善人面の裏にあるものを見たい派の人間なので」
「やっぱ趣味悪~」
二人の仲の良いのか悪いのかいまいち分からないやり取りを聞き流しながら、ふと疑問に思った事を聞く。
「ずっとオズさんはクルトの事をクルセイド様って呼んでるけど、ひょっとして本名がそれなの?」
大分今更感のある問いだが、聞くタイミングがなかったというのはある。
隠す事でもなかったのか、クルトはさらりと答えてくれた。
「俺の本名は別にクルトでもクルセイドでもありませんが、リングライト修道共和国ではクルトと名乗り、『組織』の中ではクルセイドと名乗らせてもらっています。お嬢様は俺の事をどちらで呼ばれても構いませんよ」
「あぁ、そういう感じなのね。何だか裏社会の人間っぽい話……」
ふと「クルト」という名前は本名ではなかったのかと思うと、寂しさのような感情が湧いてきた。
クルトは昨日の夜、これまで私の前で見せてきた自分の姿は全て虚像だったと言っていたけど、名前もそれの一つだったのだろうかと思うと、少し気落ちしてしまいそうになる。
……本当はクルトの事を敵視して憎むべき事態だと思うのに、どうしてこんな事を考えてしまうのをやめられないんだろう。
クルトが平気で人の命を弄ぶ人だというのは昨夜の事で分かった。アンダーボスという言葉はピンと来ないけど、マフェアの中での恐らく重役だというのはよく分かる。
オズさんもクルトに軽口は叩いてるけど、クルトの残酷さについては本物だと認識した上で普通に接せるような人だというだけで、私は彼のそういう所を受け止められるとも思えない。
……私は、マフェアとして生きてきた彼らとは、あまりにも違いすぎるだろうから。
この事について考えていると泥沼な思考になってしまいそうだったので、私は小さく頭を振って今は考えない事にした。
……もしかしたら、いつか、向き合いたくなくても向き合わなくてはいけない時が来るのかもしれないけど。でもそれは、今でなくてもいい筈だ。
「私はこれからもクルトと呼ぶ事にするわ。私の中ではそちらの方が呼びやすいから」
私は思考を切り替え、背中越しのクルトを少し振り返って見つつ、言った。
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