第7話 新たな闖入者②
「例え味方のように思える気配だったとしても、警戒は怠るなという事を実地で教えてあげてるだけだよ。「組織」で生き残りたかったら、ね」
「任務先から連れ帰ってきたかわい子ちゃんにいい所を見せたかっただけではなく?」
「銃口を突き出してる所を見せていい男アピールをするなんていう発想を本気で信じ込んでるんだとしたら、それは裏社会に脳みそを染められすぎじゃないのか?」
クルトが軽口を叩いているという事は、クルトの知り合いなのだろうか。
話の内容は声も小さいのであまり分からないが、無駄に軽妙な会話だというのは伝わってくる。
「えぇ~…? もしかして、表社会の人間を連れ帰ってきたんですか? あの無駄な面倒を好まない俺らのアンダーボスが? あんた、本物のクルセイド様ですか?」
「はは、それだけ俺はこの子に惚れ込んでいるんだよ。この子を害したら、そいつ本人とその周辺の人間と一族郎党の死体が山ほど積み上がるかもな」
「はぁ~、おっかね。あんた、間違いなくクルセイド様だわ」
と、馬車の動きがゆっくりと止まる。
突然だったが、クルトの知り合いが来た事で、何か状況に変化があったのだろうかと察した。
「お嬢様、降りましょう。足がつかないように移動手段を切り替えます。ここからは乗馬しての移動です」
「このタイミングで私が逃げないとでも思うの?」
「俺が逃がすと思いますか?」
「……私は、いつかは逃げてみせるけど」
「俺の事を好きなのに、俺がいない所で幸せになるつもりなんですか?」
そういってせせら笑いながら、クルトは銃を持ち直し、私に向けようとする。
一瞬動揺するが、私に銃口を突きつけて脅さないと逃げられると思ってるのかもなと頭の片隅で思う。
それならば、逆に逃げるチャンスかもしれない。
「なーんてね。俺があなたに銃口を向けると思いますか?」
「……え?」
クルトは私へ向けていた銃口をあっさりさげる。
次の瞬間のクルトの予想外の動きに私は目を見開いた。
「…………っ!?」
「ちょ、痛い痛い痛い!」
クルトは馬車の扉を開き、外にいた青年の頭を掴んで彼の額に銃口を突きつけていたのだ。
「この男は「組織」の中でもただの小間使いです。いてもいなくても変わらない男ですし、馬を届けるという役目は今、果たしてくれました。あなたが逃げるのなら、この男を今ここで、殺しますよ」
クルト、なんて事を……!?
「何でそんな事をするの!?」
慌てて立ち上がって青年を解放しようと出来る事はないかを考えるが、今のクルトの体勢で下手な事をしても、恐らく青年が酷い目にあうだけだと思い直す。
「何でもなにも、あなたに対して一番有効になる手がこれだからですよ。あなたはフローティス家当主に負けず劣らず、お人好しな人間ですから」
「……あなたは、それだけの理由で人一人の命を簡単に弄べるの?」
「この人はそういう人っすよ、ご令嬢。この人は笑顔で人間の一人や二人、海に沈められる人です」
それまで黙り込んでいた青年がおもむろに口を開いた。
青年はどこか諦めたような顔で苦笑いしていた。こんな自分の命がかかった状況でこんな顔が出来るのもすごいなと驚く。
「ご令嬢、あんたはどうやら合意なくここへ連れられてきたようですが、この男はあんたのような育ちの良さそうなお嬢様が相手に出来るような男ではありません。俺は自分の事は自分で何とか出来ます。あんたは自分の事だけ考えて、とっとと逃げてください」
……この状況でこういう事を言えるなんて、この人もすごいな。
私は必死に頭を動かし、色々とこの状況を覆す方法を考えていたが、「詰み」を察すると、体から力がふっと抜けた。
「……分かった、私は「今」は逃げないわ。でも、その代わり……もうこんな手段で私を脅さないで。次にやったら、私は自分で自分を殺すから」
私はクルトの瞳を睨みつけて、そう言った。
「あなたが私に執着していてこういう事をしているのなら、私に死なれたら困るでしょう。こんなベタな手、一回しか騙されてあげないわ」
私は内心の震えを感じ取られないよう、出来るだけ毅然と言い放つ。
クルトは「あなたらしいですね」といって苦笑いし、青年を解放した。
「普通の令嬢だったら、こんな手段でも、永遠に俺に縛り続けられてくれたんでしょうけどね。そういう所も好ましいと思いますよ、お嬢様」
「まぁ、今の回答はマフェアのアンダーボスの女としては優しすぎて不合格ですけどね! 俺みたいな下っ端ぐらい、俺たちの姐さんになるなら見捨てられるぐらいじゃないと駄目ですよ」
青年はクルトともう捕まらないようにかしっかり距離を取った後、大きめなため息をついた。
この人にこんな事を言われるのは、ちょっと釈然としないような気もするが、銃口を向けられていた時も落ち着いていたし、何というかすごく冷静(?)な人なのかもしれない。
というか、この人の言うマフェアのアンダーボスの女って、一体……?
「ひとまず、今回はアルテミス帝国内の東の拠点へと戻ります。本部へ戻るのは、そこでリングライトで得られた情報や成果を整理してからです」
「この子もいますしね。流石にこんなお嬢様っぽい子をすぐにあの魔窟へ連れてくのは可哀想かも」
「……はは、この方のいたリングライト修道共和国の貴族社会はある意味、あの魔窟に負けず劣らずな所はありますけどね」
「は!? あんた、貴族のお嬢様を連れ帰ってきたのかよ!? 馬鹿ですね!?」
「流石に否定はできませんね」
彼らの会話を聞きながら、私はある仮説を立てた。
仲間内で銃口をつけつけても、平気で日常会話で戻れる異常さ。言葉の端々で出てくる用語たちも総合して考えるに。
本当に、心の底から信じたくはないけど、まさか。
「もしかして、クルトって私たちのリングライト修道共和国の隣国、アルテミス帝国のマフェアなの?」
青年は「あ~そこから説明しなきゃか」と困ったように言い、クルトは薄く笑う。
「ええ、俺はアルテミス帝国のマフェア……通称、「組織」と呼ばれているところでアンダーボスをやっております」
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