第6話 新たな闖入者①
「お嬢様って普段とても冷静な分、一回ペースを乱されるととことんポンコツになるんですね。初めて知りました、とても可愛いです」
クルトは和やかにそう言った後、「でも、今、馬鹿な事を言いましたね」と剣呑な眼差しになった。
クルトは私にグッと顔を近づけ、顔の輪郭を大きな手のひらで包むと、親指で唇を撫でた。
私は元から熱かった頬が更に燃え上がった。多分真っ赤だと思う。
「あなたは今、あなたに執着していると言った男の前で、他の男と結婚したいと言っているんですよ。その事の意味が、お分かりで?」
「全然、お分かりでは、ないです」
今、ちゃんと頭が動いていたら、クルトの言った言葉の意味がしっかり分かったのだろうか。
「そうですか。なら、教えてあげます。これから、異性について何も知らないお嬢様が男について知るのは、全て俺からのものになるんですよ」
クルトはそう私に言い聞かせるように言った後、私の耳元に唇を移動させた。
何だかくすぐったくて、どこか緊張感もあって、私は体を思わず少し震わせた。
「お嬢様、あなたに執着している男の前で他の男のものになるなんていう発言は、ただただ俺を煽る結果にしかなりませんよ。狙ってもいないのにそういう事を言うお嬢様は、本当に俺にとって毒になり得る女だとしか言いようがないですね」
「ちょっと待って、くすぐったくて、ゾワゾワして、話のないようが頭に入ってこな……」
耳元で囁かれ、私は色々な意味でのドキドキで硬直する中、クルトに訴える。
しかし、クルトは涼しい顔で私のそんな言葉を受け流す。
「っふ、すみません、お嬢様。お詫びにもっとくすぐったくて、ゾワゾワする事をして差し上げますね」
「え?」
クルトは私の首元に唇を移動させる。
嫌な予感がして、「いや、ちょっと待って」とクルトを制止する。
しかしクルトは当然のような顔でそんな私の声を無視して、私の首元にリップ音を立てて唇を押し当てた。
ビリリと少しの痛みと、それとはまた違った痺れが体に走った。
私は頭が真っ白になる。こ、これ、もしかして、私はキ、キスマー……。
「何するの、この痴漢!」
「はは、申し訳ございません。さっきから反応が本当に面白いですね」
クルトは私から体を離し、向かいの席に座ると、唇をちろりと舌で舐めた。
その仕草が何だか色っぽくて、ドキリとする。
私は釈然としない気持ちになりつつ、首元に意識を取られないようにと深く考える事をやめた。こうして積極的に思考をそらそうとしている時点で意識しまくっているも同然だが、そういった事は敢えて考えないようにする。
ああ、心臓に悪すぎる、本当に。なんて事をするのだ、クルトは。
「でも、これで、例えフローティス家に戻れたとしても、明日の結婚式には出れませんね」
「え?」
「ウェンディングドレスで隠せない位置に、他の男の残したキスマークがある女なんて、花嫁失格ですから」
「……クルトには、そういう意図もあったの?」
「俺は俺のやりたいようにやっただけですよ」
クルトはさらりと言った。私はクルトに考えている事を色々と見透かされている気がするのに、私はクルトが考えている事があまり分からない。不公平だ。
「……今は俺の事を好きだと言っていても、俺の事をこれから色々と知っていけば嫌われてしまう可能性は大きいのですから、決して逃げられないように出来る手段は講じておかないと」
クルトは私に聞こえない声でぼそりと呟いた後、おもむろに懐に手を伸ばした。
何かを探しているような動きに首を傾げていると、いきなり馬車の車窓を開けて、懐に入れていた手を突き出した。
……私の見間違いでなければ、手には銃が握られていたような……?
目にも止まらぬ速さで行われたそれに、私は驚愕する。
流石に生で銃をこんな近くで見るのは初めてだったので、少し背筋が凍った。
「ちょっと~……やめてくださいよ、せっかく迎えにきた「組織」の仲間に向かって銃口向けるアンダーボスがどこにいるんですか?」
車窓の外から、パカパカと馬の走る音と共に若い男らしき人間の声がする。
私は何者か分からない存在に警戒し、浮ついていた気持ちを切り替えた。
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