第5話 馬車の中で③
クルトは私の手のこうをそっと撫でる。
私がそんな彼の仕草にびくりと体を震わせる所を見て、クルトは少し笑いつつ言った。
「俺はあなたにどうやら、とびきり執着しているようなんです。こんな感情、本当なら任務の終了とと共に捨ててしまいたかったんですが、あなたが変な事をするものですから、カッとなってここまで攫ってしまいました、あーあ」
……執着? クルトが私に?
それを俗に言う恋とか愛のような、甘い意味で受け取ろうとしてしまう呑気な自分を、頭の中で端の方に押しやり、私はクルトに問いかける。
「いや、あーあって言われても……つまり、私を攫ったのは、単なる私情って事なの?」
「言ってしまえば、そうです。お嬢様にはこんな俺は嫌われてしまったかもしれませんね」
「……いや……別に嫌いでは……?」
私は言葉を途中で止め、口元を押さえる。自分をフローティス家の命運のかかった大事な大事な結婚式の前夜に誘拐した男に対して、嫌いじゃないとか言うのはあまりにもどうなんだ。
表情は務めて変えないようにしていたが、クルトは私の内面の中で感情がさざ波立っているのを気づいたのか、ふっと表情を緩めた。
「そうですよね。俺の事は他の男に嫁ぐ前日にキスをする程に「好きだった」んですもんね」
そんな風に挑発的に言うクルトに、私は苛立ちと羞恥心で顔が真っ赤になった。
目覚める前に私がクルトにしてしまった事を思い出す。あれはこれでお別れだから出来た事で、本人にこうして指摘されると死にたくなる。
「あれは違うわ、これでお別れと聞いたから、私の存在をクルトに刻みつけたくなっただけよ」
大変早口言葉にはなったが、よし、これで完璧に誤魔化せた筈と核心する。が、そうは上手くいかなかった。
「それは俺の事が好きだと言っているようなものでは? 俺の事が好きだから、俺に忘れられたくなかっただとか、思い出を作りたいだとか思ったのでしょう? 今まで付き合ってきた人間の中でもそういって俺に爪痕をつけようとしてきた女はいましたし」
「……うっ……!? 違う違う絶対に違うわ、私はあなたみたいな誘拐犯なんて取っちめて、早く家に戻って、結婚式に間に合わないといけないんだから」
私は焦りに焦った。ここまで的確に私からクルトへの気持ちを指摘されるとは。
普段は一度考えてから言葉にするタイプの人間なのに、今は頭が沸騰したような何も考えられない状態で、言葉だけが馬鹿みたいにすらすら出てくる。
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