第4話 馬車の中で②
私は恐らく、現在クルトに屋敷から馬車で無理やり連れ出されている。
……若干丸めの言い方をしたが、要するに私は今、クルトに誘拐されているんじゃないだろうか?
だとしたら、狙いは何?
よくある話だと、身代金目当てとか? ……自分で言っておきながら何だが、それはないだろう。
父様が慈善事業に出費しがちな人間な為、まとまった額のお金を出せる程フローティス家の財政状況は芳しくない事を、クルトが知らない筈ない。
それに、クルトは隣国の人間で、我が家に潜入して正体不明の「仕事」をしていたらしいという事情があるようなので、そんな安直な理由では私を誘拐している訳がない気はする。
どういう理由でクルトがこんな犯行に走ったのかは分からないけど、私はもしかしたら最悪の場合を想像しておくべきなのかもしれないと、覚悟を決めておこうと思った。
黙り込み、思案に耽る私の姿を見て、クルトはひとりでに苦笑した。
「冷静で頭の良いお嬢様はもしかしたら、俺があなたを誘拐したのは俺の母国からの任務でリングライト修道共和国に潜入した一件によるもので、俺が今からあなたを利用しようとしていると思われいるかもしれませんね」
「……ええまぁ、確かにそうかも」
リングライト修道共和国というのは私の住んでいる国の名前だ。名の通り、リング修道院と呼ばれる世界規模で信者のいる大きな教団がかなりの権力を握っている国なのだけど、それはおいといて。
ついつい歯切れの悪い回答になってしまったのは、正面切って言われるとどう返したものかとなってしまった為だ。
今の時点でクルトの思惑なんて全然分からないので、駆け引きなんてしようがないし。
クルトは戸惑う私を見て、「普通ならそう思いますよね。馬鹿ですよね、本当に」とせせら笑った。
何者に対して向けたのか分からない「馬鹿」という言葉に私が首を傾げていると、クルトは何故か無表情に私の頭を撫で始めた。
何を考えているのかこちらからは何も推し量る事ができない表情をしているが、クルトの私の頭を撫でる手つきは非常に優しかった。
これは一体、どういう状況なんだ。
クルトはふっと表情を緩めた。
「お嬢様も、人間をそんな珍妙な地底人を見るかのような目で誰かを見る事があるんですね」
「それはもちろん、あるに決まってるわよ。今のクルトは私には理解が及ばないもの」
「そうですか、それは良かった。俺もあなたを攫った甲斐がありました。こんな行動に出るなんて、俺もやきが回ったなと思っておりましたが、お嬢様にそういう顔をさせる事が出来た事で少しは報われた気持ちです」
「私をさらったのはクルトの任務の一環ではなくて、クルトの独断なの?」
「そうです。お嬢様が他の男のものになるのが嫌で、こうしてさらいました」
「……え?」
「俺はお嬢様を手放したくないと、あなたには俺の目の届く範囲の内でずっとずっと生きてほしいと、そう思ってしまったんですよ」
「……それは、どういうつもりで言ってるの?」
一瞬だけ「クルトは私に恋してるのではないか」というおめでたい思考が頭をよぎった。それはないだろうと無理やりそんな考えをかき消す。
クルトはどこか困ったように苦笑した。
「どういうつもりだと、お嬢様は思いますか?」
「私には、そんなの分からないわ」
「そうですか、本当に? お嬢様は俺のあなたへの気持ちに全く気づかずに今まで生きてきたのですか?」
「そんなの気づける筈なんてないわよ。私は私の事で精一杯だったから」
私はクルトと接する時、いつだって自分の気持ちを持て余していた。
クルトに私が彼をどう思っているのか、ちゃんと隠さないといけない。そればかり考えていて、クルトが私にどういう感情を向けているかなんて、「仕えている伯爵令嬢」以上のものを感じた事なんてなかった。
でも、クルトのこの言い方だと、彼は私にそれ以上の感情があるのだろう。それが正の感情なのか負の感情なのか、それすら分からなかったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます