第3話 馬車の中で①

 ぱかぱかぱかと牧歌的な馬の足音と、グラグラと地面が揺れる感覚。

 私の意識が徐々に覚醒するにつれ、今いる所がイレギュラーな場所なんだろうなという実感がじわじわと湧いてきた。ここは、いつも目覚めている自分の部屋ではない。


「目が覚めましたか、お嬢様」


 耳元から低音でどこか色気のある声がぼんやりと聞こえてくる。この独特の魅力のある声の持ち主なんて、思い当たる知り合いは一人しかいない。

 私は頭痛を感じつつも、おぼろげな頭を必死に覚醒させようと、溺れてる状態から水面を目指すような感覚で意識を目覚めさせた。

 私がぱちりと目を開くと、うちの国では珍しくない銀色の髪の毛が目に入った。

 ……この髪の毛は、恐らく間違いない。やはりクルトだ。


 私はドレスの胸元にさっと手を忍ばせるが、隠し持っていたナイフが見つからず、少し焦ってしまう。

 そんな私を見てか、目の前からふっと嘲笑うような声が聞こえた。


「お嬢様が隠し持っていた武器はこちらで全て回収しておきました。お嬢様ぐらいなら俺でも倒せますが、こんなに狭い空間で暴れられても面倒ですからね」


 声の方を見るとやはりそこにはクルトがいた。想像通りではあったが、少々びっくりはしてしまう。この非常事態な状況と彼の組み合わせに、やや戸惑いは覚えざるを得ないというのはあった。


「ここは、ひょっとして馬車なの?」


 周囲を見渡すに、それ以外考えられない。貴族令嬢なので、人生で数え切れないぐらい何度も移動で乗った事はあるが、内装は今まで乗ってきたフローティス家専属の馬車とは大分違う。


 私はズキズキとしきりに痛む頭をおさえつつ、とりあえず状況を整理しようとクルトに問いかけた。

 私はどうやら馬車の椅子の所に横たえられていたようだった。クルトは馬車の中でしゃがみこんで、私の顔色を見ていた。馬車の中でそんな体勢をしていて、気持ち悪くならないのだろうか。

 

「ご明察です。お嬢様は状況判断が早いですね。さすがフローティス伯爵家の門番と呼ばれていた方だ」


 フローティス伯爵家の門番という社交界でのあだ名は、お人好しな父様が変な風に騙されて変な風な事に巻き込まれないように頑張っていた内についたものだ。

 本当は姉様の方がしっかりしている筈なのに、姉様はあまり家の事に興味がないので、フローティス家で巻き起こる面倒な事は大体私の所にやってきていたのである。


「……その不相応なおかつ不本意すぎるあだ名を「元」だとしてもフローティス家側の人間に言われるのは複雑なんだけどな……」

「ええ、今のは八つ当たりですから。もっと理解が追いつかないであろう状況に取り乱してくれたら良かったのに、こんな時まであなたは平静なんですね」

「いいえ、結構これでも動揺してるわよ」


 目覚める前にしていたクルトとのやり取りが思い出されるにつれて、「これは不味い事になったかも」という気持ちは湧いてきていた。

 目覚める前の私は何を血迷ったかクルトにキスまでしてしまっており、現在、恥という概念で死にそうになってしまいそうな所ではあるが、問題はそこではない。ついつい意識がそちらへ持ってかれそうになるが、その事は今気にするべき事ではないと無理やり思考の隅に追いやる。

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