11日目
「……う、ううぅっ」
目覚めると、そこは闇だった。
上も下も右も左も真っ暗。その中に私は直立した姿勢で宙に浮いていた。その正面に唯一見えるもの――カブクワムシ、巨大と言ってもいい大きさに育った体躯を微かな虹色に光らせて、私の目前に浮いていた。その光景はなんとも幻想的で、思わず見とれてしまう。
そんな私に向かって、小さなレンズが並んだような複眼を向けて、カブクワムシは静かに佇んでいた。
「一体何が……」
何が起こっているのか? そう考えた時、
『ありがとう、ここまで育ててくれて』
頭の中に響く声。
「えっ?」
『わたしはこれから宇宙へ旅立ちます』
「これは――お前なのか……」
目前のカブクワムシを見つめる。間違いない、奴の声だ。
『ただ、宇宙を旅するにはまだエネルギーが足りません』
「エネルギー? それって――」
餌――食事をとるってことか? 虫たちを虐殺していくあの光景が頭に浮かんだ。
『そこで、あなたからそのエネルギーをいただきたい』
「私――、いや、ダメだ!」
食べられてたまるか! 私は逃げようとしたが体が動かない。
「やめろ、食べるな。私は、死にたくない!」
必死に叫ぶが、体は微動だにしない。
『大丈夫。いただくのは、あなたの生体エネルギーだけ。肉体を食べたりはしません』
まるで感情が感じられない平坦な物言い。
「いや、まて。それでも、私は死ぬのではないか?」
『いたしかたありません。わたしは捕食者。あなたは被食者。世界の摂理です』
当然とばかりに言う。
「馬鹿な、いや、まて、私はお前をここまで育てた恩人だぞ。それを――」
『その礼は先程述べました。では、いただきます』
「まて!」
叫ぶ私にカブクワムシの頭が伸びて近づいてくる。
「くそ、くそ、くそっ!」
全身を恐怖が駆け巡る。アドレナリンが分泌され、筋力を極限までアップさせるが、全く動けない。
ゆっくりと近づくカブクワムシの頭部。その複眼に私の姿が小さく無数に映る。
ああ、これが食べられる側の光景なのか……
今まで私が与えていた虫たちはこんな恐怖を感じて……
どうして、こんなことに……
「あうっ、ああ、あああぁぁ……」
カブクワムシの口が私の首筋に組みついた。
一瞬の痛み。直後に、痺れるような快感。
噛みつかれた牙から、獲物を麻痺させる物質が注ぎ込まれたのだろう。
吸われる、私が吸われていく――
恐怖感は遠のき、代わりに恍惚感と共に強烈な眠気が襲ってくる。
ああ、私は死ぬのだ…。このまま永遠の眠りについて……
視界が闇に閉ざされ、そして意識も虚空へと溶けだしたようにこの世から霧散した。
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