9日目

 日曜の朝は、用がない限り昼近くまで寝ている。だが、今日は朝八時に目が覚め、すぐにリビングの飼育ケースを覗いた。


「あった、金だ!」


 例の金の粒がいくつもあるのをすぐに見つけた。ケースの端に見つけてくれとばかりに固まってあったのだ。


 見つけやすいように、わざわざ一か所にしたのか…?


 そんな思いに捉われながらケースの蓋を開け、金の粒を取り出す。全部で十二個あった。

「ふふふ……」

 手にした粒の確かな重さを感じ、思わず笑みがこぼれる。

「いいぞ、もっとだ、もっと餌をやれば……」

 そこでまずゼリーを交換してやり、更にミルワームを大量に中に放つ。

 食べるためにすぐに出てくるかと見ていたが、音沙汰はない。餌として放ったミルワームたちもマットの中に潜り込んでしまった。

 動きがないのを見ていても仕方ないので、朝食の用意を始めた。


 朝食後もケースの中は変化がなかった。満腹で寝ているのだろうか?

 その日は餌となる虫取りをするつもりだったので、その準備をして、十時前には家を出た。


 自転車で近場の虫のいそうな場所を順繰りに回った。近所の公園からスタートし、川辺の草原、小学校裏の雑木林、ちょっと離れた森林公園、昼食はコンビニのパンで済まして、一日かけてエサ取りをした。

 カナブン、クワガタ、カミキリムシ、セミ、バッタ、カマキリ、チョウチョ、トンボ、色々な種類の昆虫をゲットし日が暮れるころに家に帰ってきた。


 部屋に入りすぐに飼育ケースを覗き込む。

 残念ながら金の粒はなかった。

 いつものようにゼリーは空になっていたが、ミルワームはわからない。奴らも潜ってしまったので、うまく掘り出して食べられたかどうか……。次からは何か入れ物に入れてあげたほうがよさそうだ。

 ゼリーの空容器を取り出し、今日取ってきた虫たちを半分ほど適当に突っ込む。

 ケースの中はさながら昆虫パラダイスだ。色々な種類の虫たちが思うように動き回っている。


「さて、出てくるかな…」


 期待の眼差しでケースを見つめる。これだけ食べれば、きっと金の粒も……


「さあ、出てこい」

 そんな私の声を聞いたかの如く、マットの中ら金色の角がぬっと出てきた。次の瞬間、


 ズサッ!


 角が頭ごと伸びて、宙をふらふらしていたチョウチョの翅を貫く。伸びた頭はそのまま近くにいたバッタへとかぶりつき、口にくわえたまま体へと戻っていく。そこでカブクワムシの全体が地表に出る。バッタをむしゃむしゃ食べながら、角に貫かれたチョウチョを前脚で器用に抑え込む。翅が千切れ、マット上でジタバタするチョウチョ。その間にバッタを平らげたカブクワムシが、抑え込んだチョウチョに喰らいつく。

 その頃には、現れた金色の生物が、このケースの主であり、捕食者だと悟った虫たちが逃げ惑いだした。

 そんな中、大きな緑色のカマキリはカマを振り上げ、翅を広げてカブクワムシを威嚇する。


 ギロッ!


 チョウチョの胴を咥えたまま、カブクワムシがカマキリを睨みつける。

 なおも威嚇を続けるカマキリ。


 捕食者どうしの対決――


 しかし、勝負は一瞬でついた。

 カブクワムシがさっと距離を詰め、その胸から延びる大顎でカマキリの胴をがっちりと捉え――そのまま両断した。なんというパワー。思った以上の切れ味。人の指が挟まれたら……

「うっ――」

 恐怖心が湧き上がる。これまで普通に世話をしていたが、危険と紙一重だったことを思い知らされる。


 やはりこの生物は異常だ。このまま育てていいのだろうか……?


 金の粒のせいですっかり浮かれていた気分が、ズンと落ち込む。元々感じていた危機感が強く蘇ってくる。

「……」

 複雑な思いを抱えながら無言で見つめる間にも、カブクワムシの食事は進む。その様子は狩りというより、虐殺。圧倒的力で虫たちを蹂躙し、喰らい尽くしていく。餌として買ってきたコオロギの時と違い、自然に生きていた虫たちが次々と無残に喰われていく姿に、言いようのない嫌悪感がわいてくる。

 しばらくすると見ているのがつらくなり、私はその場を離れた。晩飯の時間であったので、その用意をしようかとキッチンに来たが、食欲がわかない。先程の光景がちらつく。

「くそ……」

 私は焼酎の酒瓶に手を伸ばした。少し酔って、この嫌な気分を吹き飛ばしたかった。


 コップに数杯、ほろ酔いになったところでリビングのケースを見に戻る。

 惨劇はすでに終わり、その残滓がケース内に残っていた。その中、こちらによく見えるような壁際に、キラキラと輝く金の粒。

 餌の礼なのか、それとも気分を害した私をなだめるべく放出したのか……

「……」

 この生物には知能がある。今までも思っていたが、その考えが強くなった。


 このまま育ててはいけない――


 そんな思いが強くわきつつも、私はほとんど無意識に金の粒を取り出し、手のひらの乗せて眺めていた。


 六つの金の粒。これでいくらになるのか?

 いや、これは先程の虫たちの命の代価。私の物としていいのだろうか?

 いやいや、ただ餌を与えただけだ。弱肉強食、食物連鎖、何も悪いことなどしていない。


「はぁはぁはぁ……」

 荒い呼気が頭に響く。


 わからない。私はどうしたらいいのか、わからない…


 手のひらの金を粒をぐっと握りしめる。


「これは、私のものだ…。そうだ、いいんだ」

 自分を納得させるようにつぶやき、金の粒をズボンのポケットにしまった。


 その後、ケース内の掃除をし、昆虫ゼリーを十個入れて、再び酒を飲んだ。取ってきた昆虫たちはまだ残っていたが、それらを奴に与えようとは思えなかった……

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