8日目

 朝、目覚めるとすぐにケースを見に行く。

 もしかしたらまた脱皮して、今度は黄金に輝く抜け殻が――そう期待したが、残念ながら抜け殻はなかった。あったのは空の昆虫ゼリーの容器だけで、カブクワムシの姿も見えない。

 そこで、とりあえず朝食を終えた。そして予定通り、リビングで新しいケースの用意を始める。


 元の入れ物の倍近い大きさだ。

 残っていた昆虫マットをすべて入れてもすこし深さが足りないか?

 そこで、元のマットもそのまま移そうと考えた。それなら、カブクワムシを直接手に持たずに、新しいケースの中に古いケースを入れて、傾けながらうまく移動させられるはず。

 一応軍手は用意してあるが、あの餌の食べ方を見ると、指でも噛みちぎられないかという不安は消えない。


 新しいケースに入れた昆虫マットに霧吹きし、十分に加水してやる。あとはここに元のケースのマットを、カブクワムシごと入れてしまえばいい。玄関に向かい、カブクワムシの入るケースを持ってくる。彼はまだ潜ったままだ。

 ゼリーの空容器を取り出し、更に転倒防止用にバラまいてあった樹皮をテーブルの上に出す。そこで、あるものに気づく。


「なんだ、これは?」


 マットの上に金色の粒がいくつか見え隠れしていた。小豆大ほどか。

 その粒を指でつまみ上げてみる。

 思ったよりも重さを感じた。植物の種ではなさそうだ。金属、それも比重の重い――

「金、なんてことは……」

 そこで見えている他の粒も拾い集めてみる。全部で五つ。手のひらの上に並べると、やはり確かな重みを感じる。

「これは一体……。金…、まさか、カブクワムシの糞?」

 糞なのかどうかはともかく、ケース内にあるということは、彼が放出したものとしか考えられない。

「これがもし、本物の金なら、いくらになるんだ?」

 ついそんなことを考え、気づくとスマホで近所の質屋を調べていた。

「駅前にあるな……」

 土曜日の今日も開いている質屋が近くにあった。そこは金の鑑定もしてるようだ。昨今、金の価格は高騰している。この金の粒が本物の金なら――


 ごくり……


 思わず生唾をのむ。その時――


 がさっ!


 飼育ケースの中から微かな音が聞こえた。

 ハッとなる。蓋を開けっぱなしだ。いま彼が目覚めて、飛んだりしたら逃げられる!

 慌てて蓋をして、中の様子を見つめる。


「……」

 大丈夫だ。彼は潜ったまま出てこない。

 とりあえず、新しいケースへの移行を済ませよう――そう思い、金の粒を丁寧にテーブルの上に置いた。


 カブクワムシを移すために、元のケースに残るエサ台と登り木を静かに外に出す。そして、マットとそこに潜るカブクワムシだけになったケースを新しいケースの中にすっぽりと入れ、ゆっくりと傾けていく。

 マットのおがくずがさらさらと流れ落ち、そして、黄金に輝く姿が見え始める。


「……」


 息を止め、慎重に元のケースを傾けていく。マットと共に金色の塊が新しいケースへと滑り落ちていく。

 そして、ボトリといった感じでカブクワムシが新しいケースの中に落ち込むのを確認して、素早く元のケースを抜き出し、横に置いてあった新しいケースの蓋を急いで閉める。


「……」


 無言で様子を見る。

 新しいケースに移されたカブクワムシは、様子を見るようにしばらくじっとしていたが、元の環境とさして変わらないと悟ったのか、いつものようにマットの中へと潜り込んでいった。


「ふぅ~……」


 一安心だ。

 だが、まだ引っ越しは終わってない。外に出していた登り木と樹皮を、慎重に中へと入れる。エサ台はどうするか? 一瞬考えるが、もう使わないのでそのまま外に置いておく。

 さらに、新しいゼリーを今日は十個ばかり中にバラまいて置き、やっと引っ越しの終わりだ。

 そこで玄関へと運ぼうと思ったが、この大きさだと完全に邪魔になる。なので、そのままリビングの端に置いておくことにした。


 元のケースは綺麗にしてまたしまっておこうと、流しへと持っていく。移しきれなかったマットをゴミ箱へと捨てようとして、中にまだ金の粒が残っているのに気づいた。そこでじっくりと探ると、三つの金の粒が見つかる。もしかしたら、新しいケースに移したマットにも金の粒が紛れているかも、と思ったがさすがにそれを探る勇気はない。

 とにかくこれで金の粒は八つ。

 古いケースを水で洗い流しながら、どうするかを考える。そして、

「行ってみるか、質屋に…」

 そう結論を出した。



 駅前の質屋に金の粒を持ち込んだ結果、簡易鑑定ながら純金である可能性が高いということだった。ただの塊ということで、買い取るなら正式な鑑定が必要とかで、すぐに換金はできないという。ただ、純金であった時の買い取り金額を聞いて、私は目を丸くした。とりあえず、鑑定と買い取りはもう少し考えてからと言って、家に持ち帰ってきた。

 帰る途中でホームセンターのペットショップに寄り、餌用コオロギを五十匹と生きたミルワームをひとカップ(直径十センチほどのプラスティック容器に餌のフスマと共に何十匹も入っているもの)、それと底をついた昆虫ゼリーを一袋(百個入り)を買った。更に餌となる虫を捕獲するための、虫取り網と虫カゴも買いそろえた。昨日の飼育ケースも含めてそこそこの出費だが、昼間聞いた金の粒の値段を考えればどうということはない。



 夕方近くに家に帰ると、新しいケースの中にバラまいたゼリーはすべて空になっていたが、カブクワムシの姿は見えなかった。

 そこで空き容器を取り出し、買ってきたコオロギを全部突っ込む。ミルワームはまた後でやろう。


「ほら、生餌だよ。存分にお食べ」

 そして、純金の糞をたっぷりするんだよ。


 ふ、ふふふ、ふふふふっ……

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