7日目
朝起きてすぐに彼の様子を見に行く。
すると、また、脱皮した皮が残されていた。
「おお、おおおっ!」
取り出して、眺める。
見事だ。まるで生き写し。そのまま動き出しそうだ。
「ああ、素晴らしい。サイドボードにすぐに飾ろう」
寝室に戻り、ベッド脇のサイドボードに抜け殻を飾る。この間の物もすぐ隣に飾っていた。
二つ並べると、大きさの違いが顕著となる。それに体色の違いもはっきりとわかる。
「脱皮したということは、また大きくなったのか?」
是非とも確認したい。そんな思いにとらわれ、すぐに戻りケース内を確認するが、カブクワムシは潜ったまま出てきてくれない。
見たい見たい見たい……
しかし無理やり掘り出したりなんてトンデモナイ。歯ぎしりしながらも、ケース内の掃除をしていく。
昨夜与えた虫たちの残骸が、ここかしこにとバラまかれていた。腹部は残っておらずに、見事に平らげたようだ。一緒に入れておいた五個の昆虫ゼリーも綺麗になくなっており、中々の大食漢に育ったようだ。
霧吹きで全体を湿らせた後、新しいゼリーを五個投入する。五個じゃ足りないか、とも思ったが、このケースの広さではそれ以上入れると隙間がほとんどなくなってしまう。
「大きいケースを買ってくるか…」
今日は金曜日。帰りに大きなケースを買ってきて、明日朝からじっくりと新しい家づくりをするのも悪くない。
「ん、もう時間か」
そろそろ朝食にしないとまた遅刻だ。さすがに二日続けてはマズい。脱皮した後の御姿を拝見できないのは残念だが、朝食の準備へと向かった。
その後も、合間合間にケースを覗いたが、彼の姿を見ることはできなかった。そして、後ろ髪を引かれるようにしながら家を出た。
帰宅途中にホームセンターに寄り、かなり大きめの飼育ケースを購入する。更にそこのペットショップで餌となるコオロギを三十匹ほど買った。これで今晩は虫取りはしなくていいだろう。
少しウキウキしながら家に帰る。
「ただいま!」
玄関のすぐそこで待つカブクワムシに声をかける。
「どれどれ、出てきてくれてるかな?」
腰をかがめて覗き込む。
残念!
餌のゼリーはすっかり平らげていたが、外には出ていなかった。
そこでとりあえず部屋に荷物をおいて、部屋着に着替えてから、飼育ケースをリビングに運んでくる。
「さあ、生きのいい生餌をあげるからね」
空になっていたゼリーの入れ物をかたずけ、買ってきたコオロギを放ち、ケースの蓋をする。
出てこい、出てこい……
期待の眼差しをケースへと向ける。しかし――いつまでたっても出てこない。
「……」
焦らしているのか? いや、もしかして、死んでいる?
不安が募り、中を確認しようと手を伸ばした時、
ずざざざっ……
おがくずを押し上げ、彼が姿を表す。
「お、おおおおぉっ! き、金だっ!」
出てきた姿は黄金色に輝いていた。金で造られた美術品の様な美しさ。餌を求めて動くたびに、天井の明かりを反射して、キラキラと光り輝く。体長もさらに大きくなっていた。
「ああ…、素晴らしい……」
この世の生き物とは思えない。神々しい、そう、天上の生き物に違いない。
その神の生き物が、右に左にと素早く動き、コオロギたちを仕留めていく。大顎を使って挟み込む。角を使って一突きする。そうして動きを止めた獲物を、時には頭部を伸ばし、時には体ごと体当たりするようにかじりつき、平らげていく。
ほどなくして、三十匹のコオロギは、喰いつくされた。脚や頭部の一部がマット上に散らばっている。
もう終わりか?
そんな感じで、カブクワムシがこちらを見た。
「ごめん、今日はここまでだ。ゼリーはあげるから、それで我慢してくれ」
そう呼びかけると、彼はゆっくりとマットの中へと潜っていった。
やはり、言葉がわかっている?
そんな思いに捉われながら、ケース内の残骸を片付け、昆虫ゼリーを入れてやった。
しばらく様子を見ていたが、カブクワムシは出てはこなかった。
「明日、もっと大きな家に移してやるからな。おやすみ」
そう声をかけて、飼育ケースを玄関へと戻した。
その日はそのまま彼の姿は見ることなく、眠りについた。
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