6日目
『食べ物を寄越せ! 寄越さないと、お前を喰うぞ!!』
「う、うわっ!」
また悪夢で目が覚めた。
いや、悪夢というより、脳内に轟くような叫び声に驚き、叩き起こされたと言うのが正確だ。
「はぁはぁ……」
息が荒い。頭痛がする。二日酔いか。それとも、突然起きたせいか。
「はぁはぁ、くそ、あの声、夢か……」
いや、それにしてははっきり聞いた気がする。
「食べ物を――」
そこでハッとした。昨晩、酔って帰って来てそのまま寝たので、カブクワムシに餌をあげてない……
「まさか、奴の叫びが――!?」
慌ててベッドを出て、玄関に向かう。そして、飼育ケースを見る。
「あ、ああっ……」
奴がこちらを見ていた。ハチに似た複眼で、ケース越しにじっと睨んでいる。
「まさか、本当に、奴が、呼んだのか…?」
とにかく餌だ。暴れられ、外に逃げ出したら大変だ!
慌てて昆虫ゼリーを用意し、ケースへと走る。
カブクワムシがじっとこちらの様子を観察していた。ゼリーの蓋をはがし、ケースの上部の入口をわずかに開けてそこから中に投げ入れる。
カブクワムシが素早く動き、ゼリーへと顔うずめた。
「……」
無言のまま見つめる。そこで気づいた。
大きくなっている――
脱皮したからなのか、ひと回りいやふた回りほど体格が大きくなっていた。更に色が茶色く変化している。
(成長している? しかし、成虫となった昆虫が成長など……)
やはり、こいつは昆虫ではない。普通の昆虫の生態とはかけ離れている。
では、何なのか……?
そこで、やはり思考は停止する。答えが出ない。出しようがない。
そんなことを考えているうちにゼリーが空になった。物凄い食欲だ。
餌を食べ終わったカブクワムシが、空になった入れ物を大顎で器用に挟み込み、それをこちらに向かって投げつけた。
「えっ!?」
空の入れ物がケースの壁にぶつかり、マットの上に転がる。その向こうから、カブクワムシがゆっくりと近づいてきて、こちらを睨みつける。
「足りないのか…。まだ、寄越せと……」
そんな意志が伝わってきた。慌ててもう一つゼリーを取り出し用意すると、中へと投げ入れた。だが、今度はすぐにはかぶりつかずに、まだこちらを睨んでいる。
「もっとか、そうか、もっとなんだな……」
なんだか意思疎通ができるような気がしてきた。
虫と意志疎通――私は気がおかしくなったのだろうか?
とにかく言われるまま?に、ゼリーをさらに三つケース内に投げ入れた。
それで納得したのか、悠然とした態度で餌を食べ始めるカブクワムシ。
「はは、ははは…、そうか、おいしいか、ああ、よかったな」
ひとり呟いていると、自分の腹もすいているのに気づき、朝食の用意をした。時計を見ると、もう完全に遅刻だが、気にしない。ゆっくりと朝食を食べ終え、再びカブクワムシの様子を見に行くと、満腹になったのかその姿はもうなかった。マットの中に潜り込んだのだろう。
そこで、空のゼリーの入れ物を取り出し、汚れていたケース内の掃除をしてから、霧吹きで加水してやった。最後に昆虫ゼリーを五つ中に入れてやり、そこでやっと出社のための準備をする。
家を出る前に、もう一度カブクワムシの様子を確認してから、会社へと向かった。
遅刻した分の残業をした後、帰宅の途に就いたが、その途中、近くの公園で数匹の昆虫を採取した。カナブンとコクワガタの雌、それにショウリョウバッタ。それらをビニール袋に入れて、家に持ち帰った。
帰宅するとすぐに、それらをカブクワムシのケースへと入れた。
もちろん彼の餌としてである。
「ふふふ、喜んでくれるかな」
どうやら私は、彼にカブクワムシに魅入られてしまったようだ……
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