5日目

「う、うわっ、来るなっ――!」

 そんな自分の叫びに驚き、目が覚めた。

 悪夢を見た。

 カブクワムシがコクワガタを喰いつくし、更に飼育ケースの壁を喰い破って外へと飛び出してきて――


「はぁはぁはぁっ……」

 まだ鼓動が早い。

 なんて夢を見たんだ――そう思ったが、はて、夢? どこまでが夢?


「……ああ、そうか、コクワガタが――、あの後、どうなったのか…」


 カブクワムシの様子を見に行くべきかどうか、逡巡する。昨日の出来事があまりにも衝撃的過ぎて恐怖感が今も残っている。

 だが、もし夢が正夢となっていたら……

 確かめないわけにはいかない。ケースが破られ室内に逃走していたら、厄介なことになる。


 飼育ケースは普段は玄関を入ったすぐの廊下に置いてある。寝室を出て恐る恐る覗いてみる。


「……」


 見たところ、ケースに変化はない。近づき持ち上げて、しっかりと確認する。

 大丈夫、ケースは壊されていない、だが――


「あ、ああ……」


 ケースの隅にカブクワムシがひっくり返っていた。ピクリとも動かない。

 慌てて床に置き、フタを開ける。


「死んだのか――」


 微かに振るえる右手で、ひっくり返るカブクワムシを掴み上げた。


「何だ――?」

 軽い。

「まさか!?」

 手にしたものを目前に持ち上げ、しっかりと見る。

 背中側を見ると、そこに縦に一筋の亀裂があった。その亀裂の中は、空洞……


「脱皮したのか――!」


 成虫になった虫が、脱皮するなんて聞いたことがない。それに、この皮、やけにしっかりとしていて、そのままでソフビ人形になるかのように、実体そのもののフォルムをしている。力を込めても、セミの抜け殻のようにパラパラと崩れたりはしない。


「どういうことなんだ…」

 また謎が増えた。

 もう、何が何だかわからない。


 このまま、こいつを外に放つか――


 そんな思いが湧き上がる。異常だ、あまりにも常識を逸脱しすぎている。新種とか、奇形とか言う話ではない。もうこれは、昆虫の部類には属さない。何か別の――


「遺伝子操作で造られたキメラか……」


 思わず漏らした言葉に、自分自身が驚く。

 キメラ――複数の生物の特徴を持つ怪物、そう考えれば納得できる。どこかの研究所で作り出された実験体が逃げ出して――


「ははは、そんなことがあるわけないか……」


 いくら何でも突拍子すぎる。しかし、そうでも考えないとこのカブクワムシの生態は説明できない。

 ああ、もう会社に行く時間だ。朝食は途中でパンでも買って食べよう。

 空になっていた昆虫ゼリーを交換するだけで、そのまま、家を出た。



 その日は家に帰るのが怖かった。

 なので、外で晩飯を済まし、居酒屋を数件はしごして、深夜になって帰宅した。

 泥酔状態で玄関を入ると、カブクワムシの飼育ケースが目に入る。


 ガザガザ……


 ケースから物音がした、ような気がした。が、気にせずそのまま奥へと進む。

 そして、そのまま部屋着に着替えるとベッドへと倒れこみ、眠りに落ちた。


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