第12話 白石 美咲2
「こーゆーのって写真を見て描いちゃダメなの?」
「ダメ、ダメ!写真を超える絵を描く事こそ水彩画の真骨頂というものだよ!写真からじゃ空気や水の冷たさとか、太陽の暖かさとか、木々の揺れる音とかが分からないだろ?やっぱり、実際に現場に行ってそういう色々なものを感じ取る事が水彩画では大切なんだよ!」
「ふーん………そんなものなのかな………」
「そうそう! 写真を見て描くなんてのは邪道だね!」
ホントは、結構写真を見て描いたりもするけれど、そんな事美咲ちゃんには言えない。
「わかった! それじゃあわたしも、外へ出て描く!」
「ホントに?」
「うん、だって先生がそう言うなら間違いないよね?」
ちょっとだけ、心が痛かった。
その日の夜、僕は近くの画材屋で美咲ちゃんの為の水彩画の道具一式を買い揃えた。
「あ、領収書貰えますか?『上様』で………」
これ、美穂さんに言ったら貰えるかな?
そこから、僕の『家庭教師のついでに美咲ちゃんの不登校を直す大作戦』が始まった。
現世で高校の頃から水彩画を描いていた僕は、現世と佇まいが殆んど一緒である異世界のこの近辺のスケッチポイントはほぼ把握していた。
それを、距離の近いものから順に並び替えノートに写す。
「え〜と、ここと、ここは今週行って………来週はここと、ここ………」
最初は近所のポイント。そして段々と距離を伸ばして、美咲ちゃんとの信頼関係も築かなければならない。
これは、只のバイトでは無いんだ。一人の女の子の将来が懸かっているのだと、いつしか僕はそう考える様になっていた。
そして、翌日から僕の『水彩画個人授業』が始まった。
「今日はこの場所に行こう。ここは比較的初心者でも描き易いと思うんだよね」
「え〜っ!ホントですか〜?」
「ホント、ホント!まずは基本を押さえるのにこういう場所はうってつけなんだよ」
出発の前に、美穂さんにその事を告げると、美穂さんはたいそう喜んで、二人の為に弁当を作りたいと言い出した。
「三十分あれば出来るから、少しだけ時間をちょうだい!お願い、伊東君!」
「もちろんです。きっと美咲ちゃんも喜んでくれると思いますよ」
外に出掛けるなんて、たいした事無いと思うかもしれないけど、不登校の女の子からすればこれは大きな進歩なんだ。美穂さんがあんなに喜んでいるのがその何よりの証拠だ。
そして、僕は水彩画を描く事を口実に美咲ちゃんを色々な場所へと連れ出す様になった。
元々、美咲ちゃんには水彩画の素質があったに違いない。そのうえに彼女自身が絵を描く事が好きだった事もあって、彼女の水彩画の技術は僅か一ヶ月の間にメキメキと上達していった。
水彩画の上達と共に、美咲ちゃんは段々と明るくなりよく笑う様にもなった。
最近では、水彩画の時間の後に僕とスイーツの店に行ったりも出来る様になり、このままなら不登校も克服出来る様になるのでは?と、僕は思った。
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