第10話 コーポ白石2
実際、大家さんに言った内容に嘘は無い。もう、いつ現世に戻れるのか分からない今となっては住む場所は今日にでも見つけなければならないし、金も僅かしか持っていないのも確かだった。
「ええと、伊東…………」
「遥人です!『伊東 遥人!」
「そう、そう、伊東遥人君でしたね?とりあえず立ち話も何だから、お上がりになったら?中でお話を伺いましょう」
「えっ?話を訊いてくれるんですか?」
「だって、その為に来たんでしょ?君は」
最悪、門前払いも覚悟したけれど………この大家さん、思ってた以上にいい人みたいだ。
家に上げてもらうと、大家さんは僕にお茶を出してくれた後に話し始めた。
「私がコーポ白石の大家をしています、白石 美穂と言います……どうぞ宜しく」
「伊東 遥人と言います、よろしくお願いします!」
「本当なら、こういうやり取りは全て不動産会社にお任せしているんだけど………伊東君、なんだか君【訳アリ】みたいだから………」
大家さんは、僕の事をすっかり見抜いている様子だった。勿論、僕が現世から飛ばされて来た事までは知らないだろうが、さしあたって大至急住む所を見つけなければならない事には気付いているようだった。
「はい、美穂さんのおっしゃる通りです。出来れば今日からでもこちらに住まわせていただけたらありがたいのですが………」
『美穂さん』なんて、少しなれなれしいかとも思ったが、大家さんを見ていると、『美穂さん』という名前がぴったりに思える。さっきは四十代だと思ったが、もしかして、僕より少し年上なだけなのかも………
「それでは、単刀直入にいいましょう。コーポ白石は家賃が六万円、敷金礼金はナシ………そして、居住の条件は『他の居住者とトラブルを起こさない事』ですが伊東君、見た感じ善良そうだし問題は無いわね?」
「無い………と思いますが………」
ホントはあった。何しろ、仕事が決まってないのだ…….…まぁ、やりがいとか面白さとかいう贅沢をいわなければ家賃を払って生活していくだけの仕事は見つかると思うのだけど………
* * *
「あら?歯切れがよくないみたいね、何か問題でも?」
美穂さんは、すぐに僕の態度の変化に気が付いた。この人、意外と鋭い。
「大丈夫です!今週中にでもバイト見付けて、家賃は絶対に延滞しないようにしますからっ!」
「なるほど、そういう事………」
「あ……………」
無職なのが美穂さんにバレてしまった!嘘をつくのが嫌で、思わず言ってしまったけどさすがにこれはまずかったかな………
美穂さんは、何か考えている様だった。冷静に考えてみれば、こんな条件で賃貸契約なんて交わすお人好しがいる筈が無いだろう。
「伊東君………キミ、最終学歴はどこ? 」
美穂さんは、何を思い付いたのだろう?突然僕の学歴を訊いて来た。
「え〜僕の最終学歴は………東京………の大学です………」
嘘は言っていない。ただ、少し付け加える事があるとすれば、東京の【三流】大学という事だ。
大学の頃、『どこの大学?』と聞かれた時に『東京の大学だけど、東大ではないよ』という自虐の意味も含めた、僕ら同窓生の間でよく使われた受け答えだった。
けれど、そんな僕の意図は美穂さんには伝わらなかったみたいだ。
「あら、知らなかったわ………伊東君って、凄いのね」
ちょっと美穂さん!何か誤解してませんか?僕の言った意図、分かってます?
「それだったらちょうどいいわ!伊東君、アルバイトを探しているのなら私の娘の家庭教師をやってくれないかしら?勿論月謝はお支払いするわ!」
「ええ、それは願ってもない事で………ちなみにお嬢さんはおいくつですか?」
「娘は十四なんだけど、こっちもいろいろ訳アリでね、出来れば私のよく知る人に家庭教師をしてもらいたいのよ」
「よく知る人って………僕と美穂さんが会ったの今日が初めてですよ?」
「大丈夫。私、こう見えても人を見る目だけには自信があるの。それに、私の事を『美穂さん』なんて呼ぶの、伊東君位よ?」
しまった!親しみを込めるつもりが、墓穴を掘った!
けれど、十四歳の勉強位ならなんとか教えられるだろう………月謝も貰えるというし、結果オーライという事か………
* * *
『コーポ白石』の大家、白石 美穂さんのご好意により、僕は住む場所と仕事を手に入れる事が出来た。
アルバイトの家庭教師は、僕が大学生時代にやっていたバイトだ。当時と今とでは、十四歳の教育環境は少し違っているかもしれないが、中学生の勉強ならば今の僕でも十分教える事が出来るだろう。
美穂さんは、自分の娘の事を『こっちも訳アリ』なんて言っていた。
それは、どういう事なのか?と美穂さんに尋ねたところ、こんな答えが帰って来た。
「私の娘『白石 美咲』は、実は今………絶賛不登校中でね、伊東君には勉強を見てもらう事はもちろんなんだけど、心のケアもしてもらえたら………と、思っているの」
『絶賛引不登校中』って………あまり深刻そうに聞こえないんだけど………
でも、少なくとも娘さんの事については本気で心配しているようだ。不登校のケアなんて、はたして僕に出来るだろうか…….
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