第9話 コーポ白石

交番を出た僕は、とりあえず近くの公園に行き、ベンチに腰掛けた。


もし、何も知らない人が現世からこの場所に連れてこられたらおそらく気付かないんじゃないか?


そう思う位、現世とこの異世界の佇まいは良く似ていた。


しかし、交番の警官が言っていたように現世の住所は異世界に存在しない………おそらく地名自体が全く違うんだと思う。


そして、ここが異世界だと知った時、僕が一番に考えた事がある。それは………


もしかしたらこの異世界に転生しているかもしれない、詩織の事だ。


詩織が、この世を去ってから十三年………彼女が異世界転生出来たかどうかも分からない。


けれども、もし人間に異世界転生出来たんだったら…………逢いたいよ………お前と逢える事をどんなに夢見た事か………


でも、お前がこっちで誰に異世界転生したのか?それとも異世界転生出来なかったのか?それを知る術は、僕には無いんだ………



          *     *     *



そう言えば、ここが異世界だと知った時もうひとつ思った事がある。


それは………どうやって現世に戻ろう?という事だ。


イッセー中村はYouTubeやってるんだから、異世界から現世に戻っている筈なんだよな………だから、何か戻る方法がある訳なんだけど………でも、もしイッセー中村が只の大嘘つきだったら………


いくら考えても、答えは出ない。そもそも考えて分かるような問題では無いのだ。


とりあえず、その問題はまた改めて考えるとして…………さしあたって現世で住んでいたアパートが異世界でも空いている事を願って、どこか住む所を探す事にした。


部屋は空いていた。住所は違うけれど佇まいはほぼ一緒の異世界の僕の部屋、【コーポ白石】の203号。どうせだからこの部屋を契約しようと思う。


現世と同じなら、大家さんは別の建物の一軒家に住んでいる筈だ。


きっと、コーポの向かいのあの一軒家に違いない。


家の表札は【白石】となっている。ここが大家さんの家だろう………


「ごめんください!」


玄関のインターホンのボタンと共に声をかけると、まもなく奥から女性の声で返答があった。


「はい、今伺います!」


いかにも人の良さそうな、年齢は見た目四十代位の女性が現れた。もしかしたらもっと若いのかもしれない………この女性がきっと【白石コーポ】の大家さんなのだろう。


「あの………はじめまして、僕は伊東 遥人と申します。もし、こちらに空いている部屋があれば、賃貸契約を結びたいと思いまして………」


「えっ?それは、不動産会社を通さないで直接ウチと契約したいという事でしょうか?」


大家さんは、僕の申し出に少し驚いた様子だった。無理もない、いきなり家にやって来て部屋を貸してくれなんて非常識も甚だしい。


「ええ、普通は不動産会社を通す事は分かっているんですが………実は、今日からでも住む所を見つけなければならない事情がありまして………だからと言って、ホテル住まい出来るお金も無い次第で………」





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