第2話 悲劇

 『本日午後4時、静岡県◯◯市、国道1号と県道◯号の交わる交差点で大型トラックと軽自動車が衝突する事故がありました。警察の調べでは、大型トラックを運転していた【大友 繁】容疑者五十歳が赤信号を無視してノーブレーキで交差点に進入し、【神谷 詩織】さん二十三歳の運転する軽自動車と衝突した模様です。この事故により、大友容疑者は軽い怪我を神谷さんは重体で病院に救急搬送されましたが、まもなく死亡が確認されたとの事です。』


 信じられなかった。というかその時の僕の脳は、そのニュースに関する一切の情報を拒絶していた。


「死……今なんて言ったんだこのアナウンサーは?詩織がどうしたって?」


そこにアナウンサーがいる訳でもないのに、僕は目の前のテレビの先を両手で持って前後に揺すっていた。


「なあ、今なんて言ったんだよっ!もう一度言ってみろよっ!」


テレビの画面には、グシャグシャになった詩織の車が映し出されていた。それは、間違いなく詩織の車だった。画面越しでもわかる。一目見ただけでその事故の凄惨さが想像できる映像だった。


「もう、やめてくれよ……」


全てをシャットアウトしたい気分だった。もうこれ以上の悲惨な情報には耐えられない。このニュースを観たらしい周りの友人から次々に僕のスマホへと電話がかかってきていたが、どれにも出たくはなかった。



          *     *     *


 詩織の葬儀は少人数でひっそりと行われた。詩織の親族関係、そして詩織と仲の良かった友達。そして詩織から何となく聞いていたのか、詩織のご両親から僕の方にも出席の打診があった。


遥人はると君、君大丈夫か?」

「遥人君、大丈夫?」


僕の顔を見る度、誰もが判で押したようにそう訊く。これだけ皆に訊かれたら、大丈夫じゃないとは言えない。


「ねえ、遥人君」


「えっ、あ……詩織のお母さん。何でしょうか?」


「詩織の棺にね、あの子が前に話していたを一緒に入れてあげようと思うのよ。でも、家の中を探したんだけどどうしても見つからなくてね……遥人君、あなた知らないかしら?」


あい色の御守りですか?」


そういえば、そんな事があった。大学時代、大事な試験があると言っていた詩織の為に僕が買ってあげた物だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「遥人〜!御守り買ってくれたのは嬉しいんだけど、さすがにこの御守りは無いよ〜っ!」


「いや、だってその御守りが一番デザインが可愛いかったんだよ!しかも、限定の藍色で、最後の一個しか無かったんだぜ!」



「あのね………御守りをデザインとかで選んでるのって、遥人ぐらいなもんだよ?御守りはデザインよりも御利益でしょう!」


「でも、可愛いにこした事はないだろ?」


「そりゃ、『学業成就』の御守りだったらね。遥人の買って来た御守り、何の御守りか知ってる?」


「えっ?それ、『学業成就』の御守りじゃないの?」



詩織に言われて、僕は初めてその御守りが学業成就のもので無い事を知ったんだ。



【安産祈願】




「ゴメン、詩織………俺、ちょっと交換してもらってくるよ」


僕が謝ると、詩織は少し呆れたようにこう返したんだ。


「ま…まぁ、これはこれでからいいんだけどさ………」


そう言って、詩織はその御守りを返さずにずっと持っていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


事故の直後は本当に耐えられなくていっその事自分も後を追って死にたいくらいだったけど、一日経ち二日経ちするごとにその悲しみは薄まっていった。それはまるで詩織の事を忘れていくようで辛かったけどそうじゃない。


たとえ悲しみのどん底にいようと、生きていれば腹も減るし、眠くもなる。そういう何気無い日常の暮らしを重ねているうちに、深い悲しみもいつしかゆっくりと薄められていく。


それはまるで、パレットに落とした原色の絵の具にゆっくりと少しずつ水を混ぜて薄めてゆくようなデリケートな作業に似ている。


本当に深い悲しみは、乗り越えるのではなく慣れるものなんだ。








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