【13話】これは愛の無い契約結婚。それなのに……

 

 フィロエの元を去った二人は、ブルーブラッド邸へと帰る馬車に揺られていた。

 

「すまなかった」


 アリシアの対面に座るルシルが、謝罪の言葉を口にした。

 

「フィロエの件は、過去の俺の行動が原因だ。それに君を巻き込んでしまった」

「謝らないでください!」


 満面の笑みを浮かべるアリシアへ、驚いた表情をみせたルシル。

 パチパチとまばたきをした。

 

「あんなに怒ったルシル様を、私は初めて見ました」

「すまない。怖がらせてしまったか……」

「正直言うと、少しだけ」


 小さく笑みを浮かべる。

 

 あの時のルシルは、迫力満点だった。

 フィロエが恐怖で震えていたのも頷ける。

 

「でも、あんなに怒ってくれたのは私のためですよね?」

「……ああ。君を侮辱されるのが、どうしても許せなかった」

「私はそれがとても嬉しかったんです! 私のことを大切に思ってくれているというのを、いっぱいに感じました! あの時のルシル様、とってもかっこよくて――っ!」


 惚れちゃいました――そう口にする直前で、とっさに両手で口を塞ぐ。

 

(バカバカバカ! なんてこと口走っているのよ私!)


 嬉しさのあまり興奮して、思っている気持ちをペラペラと口に出してしまった。

 

 その気持ちは、許されないことだ。

 

 この結婚は契約結婚。

 恋愛感情を持つことは、契約で禁じられている。

 

 契約違反となればこの契約結婚は終了し、フィスローグ家に返されてしまうかもしれない。

 

(そんなのは絶対に嫌よ!)


 意地悪な人しかいないあの家には、もう戻りたくない。

 

 でも、一番の理由はそれじゃない。

 アリシアは、ルシルのもとから離れたくなかった。

 

 アリシアを気遣ってくれる、思いやりに溢れるルシル。

 隣にいるだけで、心が温かくなるの感じる。

 

 そんな彼の近くにずっといたい。

 そのためにアリシアは、自分の気持ちに蓋をしなければならないのだ。

 

 

 アリシアの対面に座るルシルの心臓は、大きく脈打っていた。

 今にも破裂しそうになっている。

 

 ルシルの行動がとても嬉しかった――そう言ってくれたアリシアに、熱い気持ちを抱いていた。

 

(俺はアリシアのことが好きだ)


 ルシルは今、ハッキリと気持ちを自覚した。

 

 相手のために行動できる彼女。

 ルシルのことを気遣ってくれる彼女。

 朗らかに笑う彼女。

 

 そんな彼女のことを、いつの間にか好きになっていた。

 

 だがこれは、許されない恋だ。

 互いに恋愛感情を持たない。

 そういう契約の元、アリシアとは結婚している。

 

 ルシルが抱いている感情は、完全なる契約違反だ。

 

(いや、待て。君を好きになったから、契約内容を変えさせて欲しい。そう提案してみたらどうだろうか)


 互いに恋愛感情を持たない、という部分を取り消せば契約違反にはならないだろう。

 そう考えたルシルは、さっそく実行に移す。

 

「アリシア、君に言いたいことがある」

「はい」

「実は君のことを――」


 好きになってしまった、そう言う前にルシルは言葉を切った。

 この提案がとてつもないリスクを背負っていることに、気づいてしまったのだ。

 

 愛の無い契約結婚ということを初めから承知で、アリシアは嫁いできた。

 ということは、恋愛感情というものを嫌っている可能性がある。

 

 もしそうであれば、この気持ちを伝える訳にはいかない。

 好きだ、と言ったらアリシアから嫌悪されてしまうだろう。

 

 彼女に嫌われ距離を置かれてしまったら、立ち直れる気がしない。

 そんな事態になることだけは、絶対に避けなれければならない。

 

(もう少し慎重に動くべきかもしれないな……)


 はやる気持ちに蓋をすることをルシルは決めた。

 

「いや、なんでもない。今の話は忘れてくれ」

「……分かりました」


 怪訝な顔をしているアリシアに悟られないよう、ルシルは小さくため息を吐いた。

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