【14話】おいしい話① ※シーラ視点

 

 フィスローグ邸にいるシーラは、私室で大きなため息を吐く。

 

「そろそろ限界かしらね」


 ダートンに初めておねだりを断られた日から、三か月が過ぎた。

 

 フィスローグ家の財産は底を尽きかけている。

 財を増やそうとダートンは賭博に手を出しているみたいだが、まったく成果は出ていない。

 それどころか、逆効果。金を減らすスピードを速めているだけだった。

 

 破産するのも時間の問題だろう。

 そうなれば、今のような贅沢な暮らしはできなくなるだろう。

 

 無能オヤジのダートンと、死ぬまで惨めに暮らさなければならない。

 

「そんなのはごめんだわ」


 財産になりそうなものを持てるだけ持って、夜逃げするのが良いかもしれない。

 夜逃げしたあとは、ダートンのようなカモを探す。

 

 そうしてまた贅沢な暮らしをして、好き勝手に楽しい人生を送るのだ。

 

「荷造りしなきゃね」


 そうして、トランクケースを取り出そうとしたとき。

 

 部屋に入ってきたメイドが声をかけてきた。

 

「旦那様と奥様に、お客様がお見えです」

「客? 誰よ?」

「ペイポル公爵家の使用人です」


 ペイポル公爵家は、ブルーブラッド家と並んで大きな力を持っている公爵家だ。

 

(そこの使用人がいったい何の用で来たのかしら?)


 フィスローグ伯爵家とペイポル公爵家の間には、いっさいの繋がりはないはず。

 訪ねてくる理由に、シーラは心当たりがなかった。

 

(話を聞いてみれば分かるわよね)

 

 すぐに向かうわ、とシーラは返事をした。

 

 

 ペイポル公爵家の使用人が待っているという応接室には、既にダートンと初老の男性の姿があった。

 二人は向き合っているソファーに座っている。

 

「初めまして。妻のシーラよ」


 初老の男性に挨拶をしたシーラは、ダートンの隣に腰を下ろした。

 

「私はペイポル公爵家の使用人、ゲーブと申します。以後お見知りおきを」


 歪んだ口元から、ケヒヒ、という薄気味悪い笑い声が上がる。

 人を不快にさせる不気味な男だ。

 

「本日はお二人に取引話を持ってきたのです。大金を得られるかもしれない話を」

 

 大金――その言葉を聞いたダートンとシーラは、一気に興味津々になる。

 

「どうやらお二人とも、興味があるようですな」

 

 立てた人差し指を、ゲーブは口元に当てた。

 

「これからの話は、くれぐれもご内密でお願いしたい。もし口外したら、あなたたちはどうなるか分かりませんよ」


 物騒な物言いからは、危険な匂いをひしひしと感じる。

 安全を選ぶなら、ここで追い返すべきだろう。

 

 しかし、シーラはそうしない。

 大金を得られるかもしれないチャンスを、みすみす逃したくなかった。

 

 それはダートンも同じようだった。

 

 二人はコクリと頷く。

 

「まず本題に入る前に知っていただきたいことが一つ。ペイポル公爵家では多数の奴隷を飼っています。……驚かれました?」


 ゲーブの問いに、二人は反応を見せなかった。

 

(噂は本当だったのね)


 ラードリオ王国で固く禁じられている奴隷所持を、ペイポル公爵家が秘密裏に行っている。

 その噂はかなり有名だった。

 

 だから噂が本当だと言われたところで、そこまで驚きはなかった。

 

「ペイポル公爵は今、新たな奴隷を欲しています。ですが、誰でも良いという訳ではありません。条件があるのです」


 ゲーブの口角がニヤリと上がる。

 

「若くて美しい、オッドアイを持つ娘――それが公爵様の条件です。そこであなた方の娘であるアリシア様に、目をつけたのです。我々の調査では、あなた方はアリシア様を疎んでおられるご様子。奴隷として差し出すことに、抵抗は少ないかと思いましてな」

「さすがペイポル公爵家。家族仲までお見通しって訳ね。その様子じゃ、アリシアが契約結婚してるのも当然知ってるのよね?」


 形だけとはいえ、アリシアは今や公爵夫人。

 ブルーブラッド家に戸籍を置いたまま身柄を引き渡せば、誘拐の罪に問われてしまう。

 

 奴隷として引き渡すには、離縁させなければならない。


「もちろん。あなた方にお願いしたいのは、アリシア様の説得です」

「アリシアを離縁させて、その身柄をペイポル公爵家に引き渡す。つまりは、こういうことかしら?」

「ご名答。なかなかに頭の回転の速い奥様でいらっしゃる」

「下らないお世辞なんてどうでもいいわ。それで、いくら貰えるのよ?」

「成功報酬はこちらになります」


 紙とペンを懐から取り出したゲーブ。

 取り出した紙に金額を記載すると、それを対面に座る二人へ見せた。

 

「う、嘘でしょ……!」

「なんという額だ……」


 目を見開いた二人は愕然。

 

 記載されていたのは、現実味の無いとてつもない金額だった。

 契約結婚するにあたりブルーブラッド家から支払われた金額の、実に十倍以上に相当する。

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