【12話】かつて振られた令嬢

 

 アクセサリーショップを出た、アリシアとルシル。

 その後も、色々な店を訪れていく。

 

「疲れただろう。あそこに座ろうか」

「はい」


 道端に設けられたベンチに、二人は腰を下ろした。

 しばしの休憩タイムだ。

 

「今日のショッピング、君にとって気分転換になれただろうか?」

「はい! ルシル様とのお出かけ、とっても楽しいです!!」


 思ったことをそのまま口にしたアリシアは、ニコリと笑う。

 

「そ、そうか」


 目線を逸らしたルシル。

 頬がわずかに赤くなっている。もしかして、照れているのだろうか。

 

(なんだか可愛らしいわね)


 ふふっと笑うアリシア。

 微笑ましい時間が流れる。

 

 しかしその時間は、長くは続かなかった。

 

「お久しぶりですね、ルシル様」

 

 二人の目の前に、一人の女性がやってきた。

 

 さらりとした金髪に、真っ赤に輝いた瞳をしている。

 歳は、二十歳より少し上くらいだろうか。

 とても可愛らしい顔つきをしている。

 

 そんな女性に対し、ルシルは鋭い視線を向けた。

 その瞳には、強い敵意を感じる。

 

「何の用だ、フィロエ・トリリオン侯爵令嬢」

「なんて冷たい目つきをしているのかしら。その目つき、私との婚約を断ったときとそっくりだわ」


 数多くの令嬢から言い寄られたが、全て断ってきた。

 以前ルシルは、そんなことを言っていた。

 

 このフィロエという女性も、ルシルに言い寄り、そして振られたうちの一人なのだろう。

 

「でも、その子にはとても優しい瞳を向けていたわね」


 じろり。

 フィロエの視線がアリシアへと向く。

 

「初めまして、アリシアさん」

「……どうして私の名前を」

「そんなの知っていて当然よ。あなた、かなり有名人だもの。……あの青血閣下に嫁いだ命知らずだってね!」


 ケラケラと笑ったフィロエは、視線を再びルシルへと戻した。

 

「ねぇ、どうしてこんな女と結婚したの? 顔は少し可愛いけど、私の方がずっと上だわ」

「黙れ」


 ルシルの口から発せられたのは、静かな怒り。

 

 しかし、フィロエの口は止まらない。

 

「あなたに相応しい女は、世界で私だけよ。アリシアさんなんてダメダメ。私を振ったことを誠心誠意をこめて謝罪するって言うなら、もう一度考え直してあげてもいいわ」

「もう一度だけ言う――黙れ。これが最後の警告だ」

「もしかして、アリシアさんに弱みでも握られているの? 可愛い顔してとんでもない腹黒――」

「黙れと言っている!!」


 雷でも落ちたかのような怒声が響いた。

 街ゆく人々は、いっせいに驚きの反応を見せた。

 

 怒声を真に受けたフィロエも大きく驚き、そして怯えていた。

 瞳を見開き、カタカタと震えている。

 

「彼女を侮辱することは、夫である俺、ひいてはブルーブラッド家を侮辱しているのと同じ。トリリオン侯爵家には厳重抗議に加え、多額の金を請求させてもらう」


 その言葉は、フィロエにとって予想外だった。

 

 フィロエが知っているルシルという人間は、決して感情的にならない人物だった。

 常に冷静で淡々としていて、感情の機微が欠如している。

 

 その証拠に、十年前、フィロエが言い寄ってもまったく靡かなかった。

 美しい自分に言い寄られても靡かない男性は、それが初めてだったのだ。

 

 だから何を言ったところで、怒るはずはない。そう思っていた。


(非常にまずいわ……!)


 格上のブルーブラッド家から厳重抗議を受ければ、伯爵家に降格してしまう可能性がある。

 それに加え、多額の金の要求。

 財産の心もとないトリリオン侯爵家にとっては大打撃だ。

 

(この処罰を取り消してもらわないと!)


 涙を浮かべながら、ルシルをまっすぐに見る。


「戯れの言葉を少し言っただけなのに、その処罰はいくらなんでも重すぎるわ!」

「当然の罰だ。変更するつもりはない」


 ルシルは強い口調で告げた。

 有無を言わさないと、言わんばかりだ。


「じ、慈悲をちょうだい!」

「慈悲ならとうにやっている。俺は忠告をしたのに、貴様はそれを聞かなかった。自らの愚かな行いを後悔するといい」


 フィロエを一瞥し、背を向けたルシル。

 アリシアの手を取って去っていった。

 

(そ、そんな……)

 

 膝から崩れたフィロエは、許してよ! と大きな声を上げるが、ルシルは一度も振り返らなかった。

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