【3話】素敵なお方


 青血閣下の第一声は、悪名に相応しくない優しさに溢れた言葉だった。

 

 それは、アリシアにとってまったくの予想外の出来事。

 上げた顔には、大きな困惑の色が浮かんでいる。

 

「どうした?」

「…………いえ、何でもありません」


 アリシアは首を横に振った。

 冷酷非道な人間と聞いていたのでビックリしました――なんて、言えるはずもない。


「とりあえずかけてくれ」

「……ありがとうございます」


 ルシルの対面のソファーに腰を下ろすアリシア。

 間にテーブルを挟んで、ルシルと向き合う形になる。

 

「まずは自己紹介をさせてくれ。俺はルシル・ブルーブラッド。この家の当主だ。これからなよろしくな、アリシア」


 ルシルが片手を差し出した。

 

 白くてスラッとした腕には、筋肉が引き締まっている。

 彼の腕には、美しさと頼もしさの両方が兼ね備えられていた。

 

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 差し出されたルシルの手を、アリシアはそっと握った。


「これでお互いに自己紹介は済んだな。では、話を進めよう」


 ルシルの顔が真剣になる。


「俺たちは結婚したわけだが、一般的な夫婦ではない。そこのところは、事前に聞いているよな?」

「はい。この結婚は契約結婚です。私たちの間に愛はありません」

「その通りだ」


 頷いたルシルは懐から一枚の羊皮紙とペンを取り出して、テーブルの上に置いた。


「この羊皮紙は契約書。今回の結婚における契約内容が記載してある。目を通して問題なければ、署名をしてくれ」

「承知しました」


 契約書を手に取ったアリシアは、記載されている内容に目を通す。

 

 お互いに恋愛感情は持たないこと。

 アリシアは、外で妻の役割をまっとうすること。

 必要経費はブルーブラッド公爵家が負担する。

 毎月決まっただけの給金を出す。

 

 契約書に記載されていたのは、だいたいそんな内容だった。

 

「問題ありません」


 ペンを取ったアリシアは、契約書に署名をした。

 

「よし、これで契約は成立だ。長旅で疲れているだろうから、今日はもう休むといい。この右隣が、君の部屋になっている」

「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

「お疲れ様。おやすみ、アリシア」

「……おやすみなさいませ」


 立ち上がったアリシアはペコリと頭を下げ、応接室を出ていった。



 応接室の右隣――自らにあてがわれた私室に入ったアリシア。

 大きなベッドに仰向けになって寝転がる。

 

「素敵なお方だったわね」


 ルシルは紳士的で、気遣いのできる優しい人だった。

 聞いていた冷酷非道な人物像とは大違いだ。

 

 優しい彼の体内に流れている血はきっと、真っ赤な色をしていることだろう。

 間違っても青色であるがない。

 

(でも、どうして青血閣下だなんて呼ばれているのかしら?)


 うーんと考えてみるが、答えは分からない。

 そうしているうちに、じわじわと眠気が襲ってきた。

 

 気づけばアリシアは、瞳を閉じ、すうすうと寝息を立てていた。

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