【2話】青血閣下
「ブルーブラッド家の当主とリトリアが
「……はい」
ブルーブラッド公爵家の当主――ルシルは、多額の金を支払うことを条件に、妻の役割を演じてくれる人を募集していた。
それに選ばれたのが、リトリアだったという訳だ。
「しかしリトリアは、嫁入りを直前にして死んでしまった。このままでは、せっかくリトリアを選んでくれたブルーブラッド家に申し訳が立たない」
(……嘘つき。ブルーブラッド家のことなんて考えていない癖に)
アリシアは心の中でため息を吐く。
ダートンが考えているのは、金のことだけだろう。
シーラの散財が主な原因で、フィスローグ家には金がない。
そんな状況で、大量の金が入る契約結婚の話が成立しそうになった。
しかし嫁入りを目前にして、リトリアが病死してしまった。
このままでは、契約結婚は白紙。
そうなれば当然、入ってくるはずの金も貰えなくなってしまう。
ダートンが心配しているのは、恐らくそんなことだろう。
「そこで私は、こう提案した。『リトリアには、一つ年下の妹がおります。もしよろしければ、代わりにしてはどうでしょう』とな。その提案を、ブルーブラッド家は受け入れてくれたのだ」
「早い話が、あんたは死んだ姉の代わりってことよ」
シーラの口の端がにんまりと上がる。
「せいぜい捨てられないように頑張るのね。あの、青血閣下様に!」
ここ、ラードリオ王国で大きな権力を持つブルーブラッド公爵家。
その家の当主であるルシルは二十四歳と若いながらも、きわめて優秀な人物と言われている。
しかし、人格面にはかなり難があると有名だ。
他人に対して厳しく、どこまでも容赦がないらしい。
心を壊された人間が、これまでに何人もいるとか。
冷酷非道なその所業から、ルシルに流れている血は赤色でななく青色と言われている。
それが青血閣下という悪名の由来だ。
「話は以上だ。分かったのなら、早くこの部屋から出ていけ」
「……失礼します」
ソファーに座る二人に頭を下げ、応接室を出たアリシア。
通路の壁際にある窓から、青い空を見上げる。
「お姉様。私、頑張ります。だから、見ていてくださいね」
アリシアの嫁ぎ先は、青血閣下の悪名を持つルシル。
どんな酷い扱いを受けるか分からない。それを想像すると怖くもなる。
けれどアリシアは、精いっぱい頑張ろうと決めた。
見守ってくれているはずのリトリアに、弱気なところを見せて心配させたくはない。
******
嫁ぎ話を受けてから一週間後。
辺境のフィスローグ家から馬車に揺られること数時間、アリシアは王都にあるブルーブラッド公爵邸に到着した。
「大きい……!」
ブルーブラッド公爵邸は、それはもう大きな屋敷だった。
こんなにご立派な屋敷は、生まれてこの方見たこともない。
(今日から私は、ここで暮らすことになるのね。……少し緊張してきたわ)
そんなことを思いつつ馬車を降りると、執事服を着た男性が出迎えに来てくれた。
「お待ちしておりましたアリシア様。こちらへどうぞ。ルシル様のもとへご案内いたします」
執事服の男性の案内で、屋敷の中に入ったアリシア。
価値のありそうな絵画や彫刻が多数飾られている幅広の通路を、緊張しながら歩いていく。
階段を上がり、二階の突き当りにある大きな部屋。
その部屋の前で、執事服の男性が足を止めた。
「ルシル様はこちらの応接室におります」
「ありがとう」
「それでは、私はこれにて失礼いたします」
執事服の男性は一礼すると、その場を去っていった。
一人になったアリシアは、コンコンと扉をノック。
どうぞ、という男性の声が聞こえてきたので、応接室の中へと入る。
部屋の中はとても広々とした空間が広がっていた。
フィスローグ家の応接室よりも、何倍も広い。
中央にあるソファーには、若い男性が座っていた。
艶めく黒色の髪に、深い青色の瞳。
キリっとした、恐ろしく整っている顔立ち。
ソファーに座っているのは、そんな、とんでもない美丈夫だった。
(この人がルシル様ね……)
いっさい隙の無い外見からは、他人に厳しそうな感じがひしひしと伝わってくる。
青血閣下という名に、ピッタリの外見をしていた。
ルシルの目の前まで歩いていったアリシアは、「アリシアと申します」と自己紹介。
深く頭を下げる。
(いきなり、帰れ、なんて言われたらどうしよう……)
相手はあの、青血閣下。
どんな暴言が飛んできてもおかしくはない。
ソワソワしながら、アリシアは第一声を待つ。
「姉を亡くして辛いだろうに、よく来てくれた。ありがとう」
飛んできたのは、暴言とは正反対。
優しさに溢れた労いの言葉だった。
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