B-side 5-2

 二歳時全国統一シナプス定期検査の結果を反映し入園が決まった幼稚舎で、更紗と出会った。それ以来もう何度もこの家に来たことがある。両親の心労を物語るように、廊下から覗くリビングに普段より物が散らかっていた。二階へと上がり更紗の自室の扉をノックする。

「どうぞ」

 部屋の中から、一番多くの時を共に過ごしてきた女性の声がして、この扉を開けたら更紗がいる、そう逸る心を押さえつけることができない。

「いらっしゃい和音」

 わっかていたではないか。それでも落胆していることは否めない。姿形は同じでも、和音には見えてしまう。目の前の彼女の脳内には、既に更紗と似ても似つかないシナプス回路が形成されている。

「直接会って話したいことって、何かな」

 後ろ手にドアを閉め、ローテーブルを挿んで未知の向かいに座る。

「単刀直入に言うね。……和音が好き」

 嗚呼幾度、幾度この言葉が更紗の口から自分に向かって発されることを夢みただろう。でもだからこそ、求めていたのは彼女からの言葉ではないという痛みが心を蝕む。

「俺とあなたが出会ってから、まだ三週間程度しか経ってないよね。たったそれだけの関わりの中で、簡単にそういう台詞を吐くものではないよ」

 きょとんとした瞳を向けられる。その瞳がどこまでも澄んでいて、記憶の中のあの現実に飽いたくすんだ瞳との差異に打ちのめされそうになる。

「あ、誤解を与えてしまったみたいだね、ごめん。いや、誤解とも言い難いのだけれども」

 ごにょごにょと要領を得ない物言いも、更紗ならばしなかった。更紗は出会ったときから既に口が達者で、言葉遊びが好きな子どもだった。

「勿論、未知としての私もあなたのことが好きだよ。確かに三週間しか和音のことを知らないけれど、それでも記憶を殆ど持たない私を気遣って毎日連絡を入れてくれたり、それでいて私に更紗であった時のことを思い出すことを強要せずにいてくれたり、そういう応対をしてくれるのは和音だけ。好意を抱くことに、不自然な点は無いと思う。それに和音の懸念している更紗としての私も、少なくとも今の私以上に、和音のことが好きだった」

「どうしてそんなことが言い切れる。記憶すらないのに、恋愛感情なんて曖昧で輪郭の無い、本人ですら自覚することの困難な心情を、ほぼ他人に変わりない君がどうやって知り得るというの」

 言い過ぎだ、そう認識してはいるのだが、和音は追及の言葉を止めることができなかった。

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