B-side 5-1

 天才科学者の末路。そんな風に面白おかしく脚色を加えてあらゆるメディアで取り上げられ、更紗の事件は完全にミクログリアとは無関係のものとして扱われた。真実を知らされている未知の目には、このシナプス密度主義的社会情勢を変容させないようにするという明確な意図が透けて見えた。

 後に母親から聞いたところによると、現在この国のありとあらゆる重役を担っているのは元一類シナ生たちで、彼らはみんなミクログリアの成り立ちを理解して尚この仕組みを守ろうと動いているのだという。ミクログリアの存在ありきでこの国を発展させていくために、数多くの公然の秘密を守るための規則を作りあげ、運用してきた。同じく元一類シナ生である未知の両親も例外ではなく、娘の事件が里崎一要というミクログリア研究者によるものだとわかっていても、それを口外しようとはしなかった。裁判も傍聴に制限がかけられ、極秘裏に行われている。

 警察が取り調べの席で一要を問い詰めたが、保護装置からシナプスを人間に戻す術はわからなかった。隠している可能性も考えられたが、政府機関や自宅など一要が関与していた全ての研究施設を調査した結果、保護装置に関する事細かな研究資料は発見されたものの、その中にはシナプスを元に戻す失敗例のみが記載されており、未だ成功に至っていないというのが実情だと判明した。つまり、この世で保護装置から人間へのシナプス移動の方法を知る人物は存在しないということになる。

 未知の両親と共に警察からこの旨の報告を受け、和音はミクログリア及びシナプス研究者になることを決意した。方法を誰も持たないのならば新たに創造するしかない。かつて更紗が聴きたいと願っていた、和音の思考回路の産物。今なら語れる。想像する世界は、ただ更紗が隣にいることが当たり前だった世界。あの会話を交わしたときは、この先も更紗の話を聴いていられると何の疑いも持っていなかった。それがどれほど幸せなことだったのか、今になって気づく。

「あら和音くん、いらっしゃい」

 玄関の扉を開けて応じてくれたのは、未知の母親だ。白木家にとって和音は、シナプスを奪った犯罪者の息子であり憎悪の感情を向けられてもおかしくない存在のはずだが、子が親の罪を負う道理はどこにも無いのだと、一要が捕まってからも変わらず和音を温かく受け入れてくれた。

「来て欲しいと更紗さんから連絡をいただきまして」

「娘から聞いているわ。さ、遠慮せずにあがって」

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