A-side 5-7

「でもね、悲しいことに人間の命には限りがある。シナプスを食べられる時代になっても、永遠の命を持つことは叶わなかった。だから僕は考えた。たとえ命が尽きようとも、シナプス回路を保存し得る術は無いだろうかと。そしてようやく、このシナプス保護装置の開発に成功したんだ。人間のシナプスを保護装置に写し取ることで、長期保管が可能になる。この美しさはきちんと後世にも残すべき遺産だ。保護装置の欠点としては、移す対象者があたかもミクログリア被害に遭ったかのようなシナプス欠乏状態になってしまうことだけれども、そんなこと些末なことだよね。見てくれ和音、美しい更紗ちゃんのシナプスそのものだろう」

 待て、待ってくれ。

 熱に浮かされたように弁舌をふるう様に気圧されるが、そんな風に呆けている場合ではない。

「じゃあ何だ、まさか、まさかとは思うが、父さんは更紗のシナプスに魅せられて、美しいというたったそれだけの理由で、更紗の人生を滅茶苦茶にしたのか……?」

「たったそれだけ?」

 否定してくれ、そう願う息子の胸中を何ら慮ることなく、研究熱心なこの男は歯に衣着せず言い放つ。

「ミクログリアの目を持っているのならば理解できるだろう。そうだ和音だって、ほんの数分前に自分の口で言っていたはずだ。更紗ちゃんのシナプス回路は、見紛うことないほどに綺麗だと。あの美しさ、言葉では言い表せないほどの、この世のものとは思えないほどの、あぁそうだ、自然の摂理に反した人工的な捕食の連鎖があったからこそ築き上げられた、あの美麗さを、そのまま手に入れたいと願うことの、何が変なんだ。とても自然な、人間の美に対する欲求、そしてそれを叶えるだけの技術を生み出す能力が僕にはあった、僕だけにはあった。更紗ちゃんも保護装置の技術にとても興味を示してくれていた。あの日だって彼女は僕の車の中で、その箱を手に取ってうっとりと眺めていたんだ。僕が実行しなくても彼女はいつか実行しただろう、きっとそうだ、そうに違いない。人類最高の思考回路が同じ答えを導いたんだ、だから僕は正しい」

 鼻息荒く捲し立てる、彼を父と呼ぶ気持ちはもう無かった。せめて研究者として、あくまで研究熱心であったが故の結末であって欲しかった。そんな小さな願いも虚しく露と消えた和音は、ポケットから携帯電話を取り出すと、集音部に向かって声を掛けた。

「こういうことだそうです。突入してください」

 複数の足音。戸惑う一要が和音を凝視している間に、警察の制服を身にまとった男が六人、研究室に入ってきた。

「白木更紗の誘拐、およびシナプス窃盗の疑いにより、署までご同行いただけますか」

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