A-side 5-4

「歴史と国際情勢を理解している者ならばわかるはずだ。この国には今までもこれからも、ミクログリアの存在が不可欠だと」

 我が国が現在のように世界を先遣するようになったのは、約百年前だ。日本が圧倒的力を有する今からは想像もつかないが、それ以前は諸外国に後れを取っていたと習った。一方、全国統一シナプス検査が制度化されたのは二〇六二年のこと。確か最初のミクログリア被害が確認されたのはこの制度が成立する数年前だったはずだから、今から百二十年前くらい。つまり順番としては、ミクログリアが出現し、そこから二十年ほど経って、日本は急成長を遂げたということになる。

「まず初めに言っておく。ミクログリアという名の“超危険性物”などというものは、僕の知る限り存在しない」

 そもそもの根底を覆される。

「しかしミクログリアが存在しないわけではない。在るのは“ミクログリア導入剤”により、不要なシナプスを食し次世代への栄養とすることが可能となった人間だ。彼女たちは選択的に未発達なシナプス回路を捕食することで、自らの子にそのシナプス成分を継がせることができる」

「何だそれ……」

 ミクログリアが現れてからこれまでに、ミクログリア被害者が何人いたと思っているのか。それだけではない。多くの人が今この瞬間も恐れをなして怯えて暮らしているというのに。

「我が子可愛さに親のエゴで他者を不幸にするなんて、そんなことあっていいはずがない」

 一要は叫ぶ和音を見ても、全く動じることはなかった。

「少なくとも、君がそれを言う権利は無いんじゃないかな」

「どうして」

「和音も知っているだろう、父さんも母さんも一類シナ生だったんだよ」

 それはつまり。

「和音だけじゃない。今の世代の一類シナ生たちの両親、少なくとも片親は、必ず元一類シナ生だ。今やミクログリア薬の力がなければシナプス密度上位にはなれない。だからこそこの技術がある日本だけが急激な経済成長を成し得たし、そのためにミクログリア薬が開発されたんだ。投与された最初の母親たちの子どもが大人になって国民を牽引したこと、更にミクログリアは高密度なシナプスを捕食できないという偽の研究結果の提示による全体的な学力向上で、日本は立て直せた。和音は親のエゴだと言ったけれど、現実はそんな甘い話じゃない。我が子が一生エリートとして何不自由なく暮らすか、一生ミクログリアに怯え、或いは捕食されすらして生きるか。その二択を迫られたとき、後者を選ぶことができる親がどれだけいるだろうか」

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