A-side 5-2

「更紗ちゃんのシナプス?一体何の話だ。どうしてあのただの箱が、人間の脳内にあるはずのシナプスだなんて言えるんだい。言いがかりはやめてもらいたいね」

 ぐっと唇を噛む。誰にも告げるつもりはなかった、墓まで持っていくつもりだったこと。でも今はそんな決意は些末なことに感じられた。何よりもいま確かに目の前にある現実を見なかったことにするなんて、和音にはできそうになかった。

「俺は―――ミクログリアだ」

 一要の表情が一変する。へらへらと飄々と、内面を悟らせない安い笑みは剥がれ落ち、眉根を寄せ怪訝な表情を見せる。そんな顔もできたのか、と二十年間も親子をしていたのに思う。

「普通の人間には見えないらしいが、俺には人間のシナプス回路が見えるんだ。俺はずっと更紗のそばで更紗のシナプスをこの目で見てきた。こんな綺麗なシナプス回路、間違えようがない。その箱の中にあるのは、紛れもなく更紗のシナプス回路だ」

 一泊おいて、大笑いを始める。戸惑いを隠せずにいる和音を尻目に、一要は呼吸困難になるほどひぃひぃ言いながら笑い転げている。

「何がそんなに可笑しいんだよ」

 仮にも自分の息子が超危険生物ミクログリアだと告白しているのに。

「和音は、誰かのシナプスを食べたのかい」

「いや、食欲を感じることはあるけど、怪物の一員にはなりたくないから食わなかった」

 我慢して我慢して、そうやって生きてきたのに。その苦労をあざ笑う一要への苛立ちがわく。

「あぁ一度も食べたことは無いんだね、和音お前もしかして、ずっと食欲を抑えるためにあんなに努力して勉強して、不味い人間しかいないシナプス上位で居続けていたのか」

 図星をつかれ答えに窮する様も、一要の笑いの種だ。

「更紗ちゃんとずっと仲良くしていたのも、一番安心してそばに居られるからだろう。ミクログリアにとっては世界一不味そうな人間だからなぁ彼女は」

 思考を言い当てては、耳障りなカラカラという音をたてるラトル……否、もうやめよう目を逸らすのは。向き合わねばならない。

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