B-side 4-2

「どうしてすぐに連絡してくれなかったんだ、すぐに迎えに来るのに。心配したんだよ」

「えっと、」

 気圧されながらも、素肌を触れてくる手をさり気無く払いのけ口を開く。

「すみません、記憶がなくて。まず、あなた方はどちらさまでしょうか」

「え、」

 静寂。そして、動揺。

「き、記憶がないとは、どういう」

 いつの間にか手を離し、脇に控えて成り行きを見守っていた植田が説明する。

「白木さんは十六日前に千葉県内の公園で倒れているのを発見され、検査の結果からミクログリア被害者だと判断されたので、当シナプス再生院で保護しておりました。リハビリをとてもよく頑張っていたので既にご自宅で生活できる程度まで快復していますが、ミクログリアに捕食されてしまったシナプス部位に記録されていた記憶は、今後も欠落した状態だとお考えになった方が良いと思います」

 金魚の如くぱくぱくと口を開閉させる夫妻とは反対に、ソファーから一度も腰を上げていない和音は無言を貫いた。

「そ、そんなの、あの、嘘ですよね、だってこの子は……」

「そうです更紗は、俺の娘は、全国シナプス密度順位一位どころか、歴代最高位なんですよ!?」

 今度はスッタフ一同にどよめきが起こる。植田も頭を抱えた。更紗の元来のシナプス密度順位が高いであろうことは推測していた植田であったが、これは予想を越えた最悪の事態だ。

「待ってください、一位でもミクログリア被害に遭うとなったら、そんなの国民全員が捕食対象ということになりませんか」

 スタッフの悲鳴にも近い質問に、答える者は誰もいない。

「ああぁぁぁ」

 顔を覆って泣き崩れた母親、しゃがみこんでその肩を抱きかかえさする父親、二人を呆然と見下ろす未知。

 三人の置かれた状況を過去の自分の境遇に重ね合わせたのか、或いは日本国内でミクログリアから逃れる確固たる術を失ったことに対する絶望か。未知と両親との感動の再会を見に来たはずのスタッフたちも次々に涙を零し始めた。この空気を何とか変えたいとは思うものの、植田にも有効な手段は思い浮かばない。ただこの残酷な世界を憂いるだけだ。

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