B-side 4-1

 「ご家族の方がいらっしゃったので、応接室へお越しください」

 スッタフにそう告げられ、つい先ほどまで到着を待ちわび早く会いたいと思っていたはずの心が、不思議なことに完全に消失してしまっていることを自覚する。

 会って、どうするのだろう。会って、自身が更紗であると認識する一助となるのか。はたまた更紗とはかけ離れていると非難を受けるのか。

「どうしたの。金本を呼びに行かせたはずだけれど」

「植田さん……」

 ノックと共に現れた見慣れた女性の姿に安堵している自分は、きっと更紗とは程遠い存在だ。

「あなたの気持ちも、何となくわかるけどね」

 ベッドサイドに腰かけ、優しい表情で彼女は語る。

「私には四つ歳の離れた弟がいるの。弟は中学二年生のときにミクログリアに食べられた。私たちは本当に仲の良い姉弟だった。そのはずだったけれど、彼の中から私を含め家族という存在は消えてしまった。私も嘆き悲しんだけれど、彼は彼で、苦しんでいた。知らない人間の中に自分がいるということ、彼とは異なる存在を当然のように自分に重ねて描かれること、そのどちらも考えてみれば恐ろしいことよね」

 ぎゅ、と手を握られる。伝わってくる熱量がとても心地よかった。

「きっとあなたはこれから、元のコミュニティに戻るにせよそうでないにせよ、多くの“元のあなたを知っていた人”と接することになる。でも忘れないで、あなたはあなたでいる権利がある。必ずしも求めに応じる必要は無いの。未知としてここで過ごした十六日間のあなたも存在することは確かな事実よ」

 向けられた笑顔に、笑顔を返す。更紗という少女になりに行くのではなく、未知のまま更紗と過ごしてきた人々に会いたいと心から思えた。手を引かれるまま、一号室を出る。その手を離さぬままに、閉じられた応接室の扉を植田がノックした。

「白木さんをお連れしました」

 開かれた扉。

「更紗!」

 途端に、まだ耳慣れない名を呼ばれ、気付けば誰かの腕の中にいた。

「嗚呼良かった、本当に良かった、更紗、何でこんな場所に保護されていたの、ねぇ更紗、もっとお母さんに顔をよく見せて」

 中年の男女が、代わる代わる頬に触れてくる。どちらも濃いくまができており、やつれていた。

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