A-side 4-1
突然の電話は、更紗の母親からだったはずだ。着信履歴が残っているから、それは確かな事実である。しかし電話を受けた和音は相手と何を話したのか上手く思い出すことができず、暫し通話終了を知らせるツーツーという無機質な合成音を聞いていた。
「ずっと受話器見つめて、何をしているんだい。……和音?」
部屋には話者と自分しか居ないにも関わらず、名を呼ばれて初めてその台詞が自分に向けられたものだと気付く。声の主を振り返ると、ダイニングテーブルを挟んだ向かい側に、父親が寝癖だらけの鳥の巣頭で立っていた。
「あーあ、折角のお昼ご飯が冷え切っちゃってるじゃないか」
存在をすっかり忘れていたナポリタンは、試しにフォークを突き刺すも麺同士がくっついて塊になっていて、食欲は消え失せた。
「これ、まだ口付けてないから父さんにあげる。俺はすぐ出かけないといけなくなったから」
言いながら思い出す、そうだ出掛けなくてはいけないのだった。通話を終えてからどれくらい時間が経ってしまっただろう。
「父さんは残飯処理係じゃないんだけどなぁ」
会話を放棄し、自室と洗面所を往復して手早く身支度を整える。通学鞄から外出用のリュックに荷物を詰め替えている途中で、インターホンが鳴った。やはり放心していた時間は長かったらしい。諦めて移しかけていた物を元に戻し、通学鞄をそのまま引っ掴んで玄関へ駆ける。玄関先には先に応対していた一要、そして訪問者である更紗の母親が向かい合って立っていた。
「更紗ちゃん、見つかっていたんだね」
和音に背を向けたまま一要が投げた台詞に対する答えは、まだ有していない。この目で確かめるまで安堵することはできない。一度安堵してしまったなら、もしそれが誤報だったとき立ち直れる自信が和音には無かったから。
「本当に更紗なのか、確かめに行ってくる」
家の前に停められた青い軽自動車の後部座席に乗り込むと、運転席には更紗の父親が待機していた。助手席に母親が座り、茜色に染まる街を静かに走り出す。誰も何も口に出せない重苦しい空気のまま、千葉県へと向かった。
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