B-side 3-1

 盲点だった。

 ある朝未知は目を覚ますと真っ先にスタッフルームへ駆け込んで、開口一番に叫んだのだ。

「警察から行方不明者リストを取り寄せられませんか」

 皆まで説明されずとも、未知が何を言わんとしているのかはその場にいたスタッフ全員が理解できた。人がひとり居なくなることが事件になっていない方が不自然で、未知が本来所属していた社会的組織がまともであれば警察に何らかの届け出をしている可能性はかなり高い。こんな当たり前のことに気が回らなかったのは、ミクログリア被害者は特定公開データから探すのだという先入観がスタッフ全員を支配していた結果だ。

「直ぐに警察に問い合わせて、行方不明者リストに未知と一致する人間がいないか確認して」

 指示を飛ばしながらも植田は思う。未知はシナプス形成能が高過ぎる、と。勿論シナプス再生院に来たばかりで先入観はおろか、事前の知識が全く無かったからこその発想ではあるが、そもそも自身の置かれた状況を如何に改善するかという思考を常に続けていたことに驚かずにはいられない。特別公開データに情報が収載されていなかったことも含めて、この少女の正体を知ることが少し怖い。もしも本当にミクログリア被害に遭う前の未知のシナプス密度が低値で無かったならば、その事実は全国を混乱に陥れ、現在のシナプス密度による差別が蔓延った社会のありとあらゆる物事を根底から覆すに足るものとなることは明らかだ。

 期待、期待、期待。風船の様に膨らんでいく感情を、植田自身の目が見つめてきた過去の忌まわしい記憶にくくりつけて飛んでいかないようにする。一度ミクログリア被害者と判別された人間が、その後の人生を歩む上で避けては通れぬ理不尽な社会からの洗礼。重い重い現実で、地に足がつく。

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