B-side 2-2

「ミクログリアが出現してからというもの、この国においてシナプス密度が低いことは、それだけで差別の対象となっているの。餌になり得る人間がいるせいでミクログリアが蔓延るのだ、という理由でね。だからシナプス密度が低い人はその事実を隠しておきたいと思っていることが多くて、自ら保護されたいという人は極少数だし、強制的に隔離なんてしようものなら諸外国から差別的だと批判されかねないから、政府も動きにくいみたい」

 少し説明が難し過ぎたかと噛み砕いた表現を練りかけたが、それが文章としてまとまる前に未知自身が咀嚼できたようで、成る程と呟いた。

「でも今の言い様だと、日本以外にはミクログリアはいないのですか」

「いない、というのは悪魔の証明だから言い切れないけど、少なくとも日本と同様の被害が確認されたことは無いわ」

「じゃあシナプス密度が重要視されているのは、今のところ日本だけですか」

「そうなるわね。実際、シナプス検査で悪い数値が出続けている人で国外での生活を選ぶ方もいらっしゃるし」

 問いの意図が掴めないまま手持ちの知識でとりあえず答えたが、当の質問者は気のない返事をしたのみで、さして深い興味があったわけではないらしい。会話に疲れたとでも言いたげに目を閉じてしまった。時計を見ると植田が部屋を訪れてから五十分程経過しており、そろそろ退室時だった。

「じゃあそろそろ私はお暇するけど、何か伝えておきたいこととかあるかしら。もう耳タコだろうけれど、シナプスを食べられる前のことで思い出したことがあれば、些細なことでも教えて」

 ミクログリアに食べられてしまった記憶が戻るという事例は、残念ながら存在しない。しかし、リハビリによりシナプスが再形成されていく過程で“食べ残し”の部分とシナプス回路が繋がることは極希にある。未だ身元すら判明しない今、未知自身からの情報に縋るしか術がなかった。

「ひとつだけ、ぼんやりとですが思い出したことがあります」

 初めての好感触な反応。

「何を思い出したの、何でも良いから教えて」

 これは捜索の手掛かりになるかもしれない、と思わず椅子から身を乗り出す。

「誰かを好きだった、という感情を思い出しました。私の話を聴くときの、瞳がキラキラする人です。私はそれをとても幸せだと感じていたようです」

 思い出したのはそれだけですと頬を赤らめる少女は、顔も名前もわからぬ人に、それでも確かに恋をしていた。

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