B-side 2-1
未知がシナプス再生院に運ばれてきてから一週間が経過した。とても順調に進んでいるリハビリとは対照的に、厚生労働省に申請した特定公開データ外のシナプス検査値データベース閲覧要求への返答は未だ得られていなかった。前例が無いことに対する政府の腰の重さは、いつの時代も変わらない。
「この施設にいる人達は、私を含めて皆ミクログリア被害者だと聞きました。ミクログリアって何ですか」
言語機能の回復を目的として毎日一時間程度、担当患者と腰を据えて会話をする。一般に世間話程度の話をするのだが、未知は学習への意欲が高く、失われた知識を埋めるように質問を重ねることが常だった。だからいつかはミクログリアについても訊ねられるだろうとは踏んでいたが、いざ答えようと思うと植田の私情が口を重くする。
「ミクログリアは人間のシナプスを餌にしている生物で、未だその有力な対抗策が見出されていないの。現段階で人間が取り得る唯一にして最強の防御方法は、脳内のシナプス密度を高めることよ。高密度だと食べられないらしいからね」
「つまりハイリスク群はシナプスが少ない方ということですか」
「その通り。だから政府は年齢に応じたシナプス検査を国民に受けさせて、同年代の中でシナプス密度順位が下位五パーセントにあたる人々をリスト化したシナプスデータベースというものを作成しているの。現在報告されている被害者は全て下位三パーセントに入っていたから、このリストは被害に遭う可能性のある人の情報を全面的にカバーしているとされているの。更にハイリスク群に入ってしまった人のうち希望者には無料でタグが配布されていて、それを所持していればいち早く情報に辿り着けるという仕組みも整備されている。ミクログリア被害者の大半は自分の個人情報を覚えていないから、救済にはこういった取り組みが必要なのよ」
顎に指をあてて考え込み、未知は眉根を寄せる。
「そこまで被害に遭う可能性の高い層が限られているのなら後手に回らず、予め襲われないよう保護しておけば良いのに」
植田自身と全く同じ考えをしていることに驚いた。
「でもね、物事はそう簡単ではないの」
「どうして」
少し思案したものの、現実を教えておくことは今後未知が生きる上で何らかの糧になるであろうと、事実を伝えることに決めた。
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