A-side 2-3

「終わったぞ」

 直ぐに検査を終えた和音がどことなく疲弊した表情で帰ってきて、学籍番号がひとつ後ろの更紗は入れ替わりに講義室を出る。廊下には案内役の事務員が立っており、更紗の姿を確認すると無言のまま先立って歩き出したので、大人しくその後ろを着いていく。普段使うことのない小さなセミナールームの前で立ち止まると、三回ノックして扉を開いた。

「やぁ、更紗ちゃん」

 正面の長机に五人の中年男性がスーツ姿で座っており、その中央に位置する銀縁の眼鏡をかけた人がひらひらとにこやかに手を振っていた。

「和音パパじゃないですか、どうしてここに」

 和音の父である里崎一要さとざきいちようは、検査官の中で一人だけおおよそ場に似つかない朗らかな表情を崩さない。

「いやぁ、何かお偉い人に二十歳シナプス定期検査の責任者に任命されてしまってね。息子のお友達とゆっくりお話したいところだけど、手早く検査をしないと怒られてしまうから早速始めさせてもらうよ」

 促されて部屋の中央の椅子に腰掛けると、控えていたスタッフが手際良く更紗の頭にコードが繋がったヘルメット形の機器を被せる。コードの逆端は検査官たちが居る長机の上に置かれたモニターに繋がっており、五人は画面を注視している。

「おお、これは」

「流石シナプス人類最大密度を誇る子、素晴らしい数値だ」

 感嘆。興奮気味に感想を漏らす検査官の反応は、別段更紗にとって珍しいものでは無かった。幼少期から検査毎に受けてきた評価。それらは更紗に自信を持たせてくれたし、同時にミクログリアに襲われるかもしれないという恐怖心を忘れ去る権利を得た。これは努力する者だけが得られる当然の権利だと更紗は思う。努力しない者が怯えなければならないことは、必然なのだ。

「はい、検査終了。もう退室して良いよ」

 スタッフが器具を外し、自由の身となる。

「ありがとうございました。またお仕事ではない時にゆっくりお話させてください。以前伺った保護装置の研究成果もぜひお聴きしたいです」

 研究の話題を振られて眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせる、一要が持つ生粋の研究者気質が心地良くて、更紗は幼い頃からこの人物の小難しい研究の一端を知ることが至福だった。

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